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月明かりの下で
満月から落ちた月光が、窓際に座る少女の顔にベールをかけていた。
「失礼いたします、ナディアお嬢様」
入室した執事は、部屋の扉の前で一礼した。ナディアは、窓の外にやっていた視線を執事に向けて、かすかに微笑んだ。
彼は、ナディアのそばに歩み寄り、片膝を付く。
「まだ、起きていらっしゃったのですね。明日は忙しくなるのですから、そろそろお休みになりませんと……」
「ごめんなさい、ハルト。なんだか眠れなくて……」
ハルトを見つめるナディアの瞳には、不安が色濃く映っていた。ハルトはナディアを安心させるつもりで、彼女の碧眼を見つめた。
「不安なお気持ち、お察し致します。ですがせめて、横になられてくださいませ」
「……眠るまで、そばにいてくれる?」
「ええ。そのために、参上したのですよ」
ハルトはベッドの天蓋のカーテンを開けに向かうと、優しくナディアに微笑みかけた。
ナディアは、大人しくベッドに上がって横になった。ハルトはナディアの許可を待ってから、ベッドサイドの椅子に座る。
「ねえ、ハルト。こういうの久しぶりね」
「そうでございますね。まだまだ、幼くて可愛らしかったころのナディアお嬢様が思い出されます」
「あら、ハルト。今は?」
「それはもちろん、申し上げるまでもございません。今のお嬢様は、とても……とても、とても美しくなられました」
ハルトは、しみじみといった様子で語った。
「私は、ナディアお嬢様が生まれた日に、このお屋敷に参りました。そのお嬢様が、今や立派なレディになられ、明日、いよいよお嫁に行かれるとは……。早いものですね」
「私が生まれたときも、こんな満月だったのよね……?」
「ええ。その日も、満月の夜でございました」
二人して、窓の方を見る。月の光が、照明を最小限にした部屋の中を穏やかに照らしている。
「お嬢様に初めてお会いした時、私は驚いたものです。なんと小さく、か弱く、そして可愛らしい存在なのだろうと」
「ふふ。ありがとう。ハルトは、赤ちゃんを見るのは初めてだったの?」
「はい。お恥ずかしながら、そうでございました。だから、余計に強く思ったのかもしれません。『お嬢様は、私が必ず守る』とね」
「そうだったの……。本当に、今までありがとうね、ハルト」
「お嬢様……もったいないお言葉です」
気持ちのこもった言葉に、ハルトの目頭は熱くなった。ぐっとこらえた彼は、胸に手をあてて一礼する。
気を使ってか、ナディアの声音が一段と明るくなった。
「でも、あまり寂しく思わないでちょうだい。お嫁に行っても、度々帰ってくるつもりでいるんだから」
「さようでございますか……。あまり、旦那様を困らせないようになさってくださいね」
「ええ、わかっているわ」
幾分か明るくなったように見えるナディアの表情に、ハルトは内心ほっとした。
少々おてんばなお嬢様に、悩みの種は尽きない。だが、今はただただ、彼女の未来に幸せだけがあることを願った。
ナディアがすうすうと寝息を立て始めたころ、ハルトは、名残惜しげに椅子から立ち上がる。
「本当に……今夜も、月がきれいですね」
少女の寝顔にささやいた。
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