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「腹減ったぁ」
お邪魔しますでもこんばんはでもなく、間延びしたそんな言葉と一緒にそいつは部屋に上がってきた。
「飯なにぃ?」
「あのなあ」
つい10分前に電話を寄越してそれもないだろう。
承諾してもらえただけありがたいと思え、と内心毒づいたところで、そんな抗議に意味はないことも分かっている。
だって俺は嬉しいのだ、飯目当てであれこいつが連絡をくれるのが。
飯に塩振っただけで美味いと言っちまうこの男を、もっと喜ばせたくて感激させたくて、鉄パンだのスパイスだの圧力鍋だの、あらゆるものがうちには増えた。
しかし間が悪い。今日に限って目ぼしいものがない。
ぬか床は今休ませているし、週末にスパイスから作ったマトンのカレーがあったのも昨日まで。
今週いっぱいは残業になりそうだったので凝ったものは作る予定がなかったのだ。
ぐいぐい急かされながら改めて冷蔵庫を覗くも、あるのはーー
「卵と納豆とかまぼこ……」
「お前何食って生きてんの?」
「うるせーなお前に言われたくないわ」
乾物や買い置きを置いてある棚を開く。やはり急かされつつ。
「鯖缶とー、鰹節とー、魚肉ソーセージぃ」
家主を差し置いてそう言い、魚肉ソーセージの袋を開ける不届き者を押しのけてもう一度そこを改める。
とは言っても他にあるのは桜えびや青のり、使いかけの高野豆腐、胡麻や塩やみりん。
まあこれでなんとかするしかないか。
「お前邪魔だからテレビでも見てろ」
「邪魔ってなんだよ」
「邪魔なんだよ」
一応手伝おうだとかいう意気はあるらしいのだが、その度手を切られたり火傷されたりでかえって大変なのだ。
棚から取り出した半端者の食材で手が塞がっているので蹴ってリビングに追いやってしまうと、やっと少し気持ちが楽になる。嬉しい。俺が作ったものを食わせられる。
そんな純情を知ってか知らずかーーいや知ってたら困る。知る由もなく、向こうは野球中継を楽しみ始めた。
そういえばそれを見たくて飯づくりには時間を掛けまいと決めたんだったかーーと一瞬思ったが、それももういい。それより良いものを見せてもらう。
そう思い腕をまくって、やはり俺は笑っていた。
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