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「できたぞー」
青海苔と桜えびのだし巻き卵、すり胡麻をこれでもかとぶち込んだ鯖缶と高野豆腐の味噌汁、パックのままの納豆を乗せたトレーを運びつつ呼び掛けると、「おっ」と嬉しそうな声。
つい今までテレビと一緒に歓声を上げていたのにさっと立ち上がって手伝ってくれるあたり、毎度ちょっとした誠意を感じていたりする。
「まだ運ぶのあんの?」
「うん。飯と飲み物」
「おう」
そう言ってキッチンへ向かうのを見送ると、すぐにまた歓声が上がった。
野球ではなく、キッチンにあった米料理を見たからだろう。
「ふふん……」
つい漏れてしまった声が自分でもキモいが仕方ない。見られる前ににやけた顔も引っ込める。
「焼き飯じゃーーん!!」
「おー。そんなもんしか作れなかったわ」
「いや俺これが一番好きー」
「………。」
かまぼこと紅生姜と鰹節、冷凍飯を醤油で炒めただけのそれを運びながらそんなことを言われてしまう。
分かってて作ったんだけどさ、普段気張った料理を振る舞ってる身としては悲しいものがあるよな。
「これさー具がさー絶対毎回違うのになんかこれ!って感じがすんだよなー」
「まあありもので作ってっからなー」
「おしゃれなやつも美味いけどさ?なんだっけあの……利尻バター使ったピラフとか」
「エシレバターな」
「いただきまーす!」
利尻は出汁とって佃煮にした昆布だろ多分。
「うまぁい!」
焼き飯頬張るなり溢れた笑顔を見てるとツッコミもどうでも良くなる。本当、美味そうだ。
「これだよなー、この素朴なさー」
「んー」
一度賑やかしに山椒なんぞ振ってみたらえらく不満げな顔をされたことを思い出した。
そういう時でもこいつは文句言ったりはしないんだけどーーまあ、それ以来は奇をてらわず醤油オンリーの味を貫いている。
「紅生姜が効いてるわあ」
「そーゆーので味が変わんのはいいの?」
「うん。やっぱこう、米の芯のとこが油と醤油の味でさー、じゃことネギと胡麻だったりちくわとミックスベジタブルだったり、わけわかんねえ具と一緒になってんのがさー」
「わけわかんねえってお前」
まあ確かに、卵と柴漬けとかもやったことあるけどさ。
「うぉーこれも旨いー」
「あ、だろ?」
鯖缶の味噌汁は最近のブームだ。
どこかの郷土料理だと聞いた気がするがちゃんと再現してるわけではなくて、適当にやってみたら自分の田舎の魚汁によく似た味になったのだ。
つうことは、こいつにとっても懐かしい味ってことになる。
「タラ汁とかどんこ汁とかその辺の味する!うめー」
「そうなんだよ、まあ身はそこまで旨くはないけどさ。手軽でいいんだわ」
今日は野菜がなくて鯖と高野豆腐だけだが、これに大根やこんにゃくをつっこんでおけばなんだか体に良いものを食ってる気になれる。
四十路目前の身としてはそのへん一応気をつけているのだ。
「納豆、そのまんまだからタレ半分こな」
「えー」
「えーじゃねえ」
塩分だって気にしている。
こいつはしょっぱい物好きだから余計に。
普段は一体何を食ってるんだろう。
強制的に少量ずつタレを掛けていると、その間卵焼きがつままれていた。
「おー、上品」
「お前それ味分かる?」
「分かるわ、失礼な」
他がしょっぱいので卵焼きはほとんど青海苔と桜海老の風味だけだ。
俺が心配したよりは味わえているらしく、幸せそうな顔をしている。
「あー、マジでうまいー」
「せめて俺が帰る前に連絡よこせよ。そしたらもうちょいましなもん作ったわ」
「えー、十分うめえけど。そしたら何になってたの」
「そーだなー」
秋だからやっぱり茸か。
炊き込みご飯か、秋鮭と一緒にちゃんちゃん焼き。おこわもいいかもしれない。
根生姜と鰹節どっさりの焼きなす。
あとは美味そうな食材見繕って何か小鉢を一品と、薄味のお吸い物ーーとかか。
などと説明してるとため息が聞こえた。
「お前の奥さんになる人マジで大変だなー」
「なんでよ」
「旦那こんだけ料理できたら嫌じゃね?」
「別に片方だけが料理担当みたいな時代でもねえだろ?」
「余計嫌だろ」
そうかい。
別に結婚する予定もないからいいです。
少し膨れたい気持ちになってビールを取りに立つと、膨れさせた本人は気にする様子もなくもりもり食っていた。
「まあなあ、お前みたいに単純に美味そうに食ってくれる方が良いか」
「うん?うん。超うまい、毎日食いたい」
「ぶはっ」
そうかい。
結局少し笑ってしまい、俺は手付かずのビールをテーブルの向こう側にも置いてやった。
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