【Photoglamor】

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【Photoglamor】

「あの、写真撮ってもいいですか?」 私は提供されたラーメンを前にして聞いた。カウンターの向こうの男性は、ちらりと冷たい視線で私を見る。 「どうぞ」 店主は聞き逃してしまいそうな声で言った。最近は撮影を嫌がる店は減ったが、本心では嫌なのだろう。 しかしやはり口コミの力を実感しているのだと思う。()えるなどと言う言葉が流行りだしてからは渋々と言った様子でも撮らせてくれる店が増えた。 私は二枚、角度を変えて撮影した。 「SNSに載せて大丈夫ですか?」 さっきと同様の答えが返って来て、お礼をしてから私は箸を割った。 映えを意識などしていない、昔ながらのラーメンだ。 トッピングは海苔とメンマ、なると、一枚のチャーシュー、もやしとほうれん草と至ってシンプル。透明感のある醤油スープは鶏ガラの香りが立ちのぼる。 スマホを鞄にしまってから、私は丼を持ち上げひと口、スープをすすった。鶏ガラベースに煮干しなども入っている、なかなか奥深い。 もやしをかき分け、麺を持ち上げた。意外にも細いストレート麺だ。この手のスープには中太縮れ麺だと思っていたけど、その辺りがこだわりなのかもしれない。 箸で持ち上げたものを一気にすすり上げる。さっぱりしたスープだと思ったが、意外も麺に絡み付いている、先ほどのスープだけの時と違って、炭水化物の甘さも加わりスープに深みが増した。 やはりこれは「ラーメン」と言う食べ物だと判る。スープだけでも麺だけでも成立しない、合わさって初めて「ラーメン」なのだ。 ふた口、三口と食べ進めていた。 食べながら店の様子も確認する。SNSにアップする際、清潔感や店員の応対、店の雰囲気なんかをひとこと添える。決して悪口は載せないのをモットーにしているが、女性が入りやすいか、入りにくいかくらいは知らせるようにしている。 味わい、噛み締め、店主の情熱がこもった芸術とも言えるそのラーメンを食べ進めていると、 「美味しそうに食べますね」 隣の男性に声をかけられた、私より先に食べていた人だ、ほぼ食べ終わりと言っていい。 「え、そうですか? ありがとうございます」 実は度々言われる。それがこんなグルメレポーターの真似事を始めたきっかけだ。 食べる事は好きだから、それが影響しているのだろうか。 「SNSにって言ってましたけど、ツイッターとかに?」 「あーはい、ブログとかインスタとかもやってて」 殆どコピペだけれど、複数のメディアを使って発信してる。 「へえ。なんて名前で?」 応える必要はない質問だと思いつつ、一応世間体を気にして応える。 「レポ・ミサです」 単純だが、レポートのレポに、ミサは本名だ。 「え……レポ・ミサ? よく見てるよ」 「わあ、本当ですか? 嬉しいです」 素直に礼を述べると、それに反応したのは、店主だった。 「へえ、有名人?」 「有名ですよ」 男性が力説してくれた。 「俺はインスタのを見せてもらってるけど、そっちのフォロワーは万超えです」 「へえ」 店主の様子が変わった、にわかではないと判ってくれたようだ。俺達の写真も載せてよと店員さん達と並んだ写真も撮らせてくれた。 私は食べながら男性と話をしていた、男性も食べ歩きが趣味なのだと言う。 「この店は初めて?」 「はい」 「やった」 男性は小さくガッツポーズをする。 「え?」 「レポ・ミサさん、大抵、俺より先に俺が行きたいと思ってた店に行ってるんですよ。それが有り難いこともありますけどね。そのレポ・ミサさんより先にお気に入りにしてた店があったことに、俺は感動している」 「そんな」 私もつぶさに店を探して行っている訳ではなくて、気になったお店に入っているだけだから、そう情報が溢れている訳ではないのに。 でもそう思ってもらえるのは、ちょっと嬉しい。 「こちらにはよく来るんですか?」 「うん、二週に一回くらいかな」 「おすすめはありますか?」 「煮卵のせ、中辛白濁スープ」 そう言って写真入りのメニューを指さした。丼に半熟の煮卵がふたつ切りになって並んでいた、4個分だからびっしりだ。隅に集められたメンマやほうれん草、葱の下に、豚骨醤油のスープが見える、中辛はオプションらしい。 「貴重な情報ありがとうございます、それも載せていいですか?」 「もちろん! いっちゃんオススメって書いてね」 「判りました」 こういう情報は、本当にありがたい。通い慣れた常連さんの話は、本物だから。 「助かります、こういう男性的なお店は、入るのに少し勇気が要るんですよ」 「ああ、女性ひとりだと、ラーメン屋とかはちょっとですよね。俺でよかったらお付き合いしますよ?」 「え……」 25と言えば、いい歳の女だ。そんな誘いにはそう簡単には乗らない、見知らぬ男性に気安く心を許す程、軽い女ではない。 だから適当に話を合わせて、その場は別れた。一緒に店は出たけれど「いっちゃん」とは別方向に帰った、彼はこの近所なのだろうか、二週に一度は来るくらいだからそうかもしれない。 * その出会いはそれで終わりだろうと思っていた。 でも、翌日になってそのお店の事を上げると、すぐにコメントが付いた。 『俺も、ここの煮卵オススメ!』 そのアカウント名は『みつを』だったけれど、きっと「いっちゃん」だと、何故か思った。
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