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出発の前夜、母さんが僕の部屋を訪ねてきた。
何を言われても引き止められないぞ、と臨戦態勢になった僕に、母さんはふっと笑った。
「そんなに怖い顔をしないで。もう反対はしないから。でも、少し話を聞かせてちょうだい」
目を伏せた母さんの顔に、疲れが見えたような気がした。
「農場は、安全なの? あなたに危険はないの?」
「大丈夫だよ。もう先発隊が二百人も潜伏調査に入ってるんだ。環境には適応可能だと確認済みだし、資源は豊富なのに技術的にはかなり遅れてて、農場の生物は外からの侵略にはほぼ無抵抗なんだって」
「それなら安心だけど……あなたはできるだけ、生き物を殺さないでね。野菜を中心に採る仕事にさせてもらうって、約束して」
軍隊に所属している以上、それは無理というものだろう。今までの訓練でも、抵抗された場合の対処の仕方や屠殺の方法を習ってきた。でもそれを言葉にするほど、僕も子どもじゃない。
「わかったよ母さん。でも母さんも、僕が送るものをちゃんと食べて、もっと元気になるって約束して。そのために僕は乗組員に志願して、向こう六年も家を離れるんだから」
「ソラ……」
母さんは僕の顔を見て、優しく微笑んだ。
「乗組員試験合格、おめでとう。よくがんばったわね。あなたはいつだって、母さんの自慢の息子よ」
思いがけない言葉に、僕は瞠目した。見つめ返すと母さんの顔がくしゃっと歪んで、痩せた身体にぎゅっと抱きしめられた。
「必ず……必ず帰って来てね。母さんもレミも、ずっと待ってるから。体に気をつけて」
久しぶりに感じる母の体温は、心地よく冷たかった。
「ありがとう、母さん。反対されたまま出て行くのは、正直つらかったんだ」
「擬態する時には、尻尾に気をつけなさいね。あなたは昔から、緊張すると尻尾の色が出ちゃうから」
「大丈夫だよ。ちゃんと実技試験にも合格したんだから」
母さんは成長した僕が眩しいみたいに、大きなひとつ目を細めた。
「そういえば……あなたが行く星の名前は、なんて言うの?」
シワだらけの手で僕の頬を撫でながらそう聞いた母に、僕は映像で見た青い星を思い浮かべながら、笑顔で答えた。
「太陽系第三惑星……地球だよ」
【了】
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