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「レミ、入るよ」
僕は妹の部屋のドアをノックすると、ゆっくりと扉を開けた。
レミはいつもどおりベッドに横になって、僕の方に向けた顔を綻ばせた。
「お兄ちゃん、お帰りなさい」
十歳のレミは同じ年頃の子よりも明らかに小さく、肌が乾燥してひび割れている。愛らしい顔をしているのに、貧相さがそれを覆い隠してしまっていた。
「お土産だよ」
僕がベッドサイドの椅子に座り、手のひらに干し肉を乗せて見せると、レミは一瞬パッと明るい顔になり、すぐに目を伏せた。
「どうしたの? いつものお肉だよ。美味しいよ」
「……いのち、じゃない?」
心配そうに見上げてくる妹に、ピンときた。また母さんが何か吹き込んだらしい。
「ごめんね、紛らわしい言い方して。野菜から作った人工肉だよ。命じゃない」
僕は笑顔で嘘をついた。学校にも行けない妹は、母親に与えられる情報を信じて生きるしかない。母親に言われたことが世界の全てで、母親に与えられた食事で命を削りながら身体を維持している。
野菜だけを食べて生きるように言いつけられている彼女は、虫のフライなど与えても絶対に口にしないだろう。
少しでも丈夫な身体を作るために動物性タンパクを摂らせるには、見慣れない本物の肉を人工肉と偽って食べさせるしかないのだ。
ホッとした顔で干し肉にかじりつくレミを見ながら、僕は言葉を選んで話し始めた。
「あのねレミ、お兄ちゃん今度仕事で、他の星に行くことになったんだ。とても遠いところにあるから、行くだけで十ヶ月もかかるんだけど、すごくステキなところなんだよ」
「宇宙船で行くの?」
「そうだよ。おっきい宇宙船。三百人くらい乗れるんだ。船の中には映画館やプールもあって、みんなで勉強したり遊んだりしながら行くんだよ」
「いいね。楽しそう」
友達がいないレミは、共同生活を夢見るように目を輝かせた。
「その星にはね、珍しい野菜やフルーツがたくさんあるんだ。向こうからそれをレミに送るから、楽しみにしていてね」
そう言うと、レミは一層目を輝かせて、身を乗り出した。
「生き物もいる?」
僕は返事に詰まった。レミはまだ、農場計画というものを知らないだろう。この世界が深刻な食糧危機に瀕していることも、もしかしたら知らないかもしれない。その星にいる生物を食料として家畜化する話などしたら、母さんと同じような反応をするに違いない。
僕が返事を迷っていると、レミは手の届くところにある本棚から一冊の本を取り出して、自分の膝の上に広げてみせた。それは近年発見された宇宙生物を特集した図鑑だった。
「見て! 宇宙にはこんなに生き物がいるんだよ? お兄ちゃんの行く星にも、こんな可愛い子がいるといいね」
妹が指差しているのは、十数年前にとある惑星で確認された有毛生命体だ。洞穴に住んでいたため長い間見つからなかったが、上陸した調査員によって発見された。調査の結果毒性が強く食料にはならないと判明したが、その愛らしい見た目は子どもたちに夢を、大人たちには未だ発見されていない可食性の宇宙生物がどこかにいるはずだという希望を与えた。
僕が行くことになった惑星が見つかったのは、その翌年だという。
「でも、お兄ちゃんがいないと寂しくなっちゃうな。レミも一緒に行きたい」
「僕がいない間は、シドが遊びに来てくれるよ。それに、その星の環境が整ったら、いつか家族で向こうに引っ越せる日も来るかもしれない。だからお兄ちゃんが帰って来るまでに、レミはちゃんと食べて、もっと元気になっておいてね」
生きているのがやっとのレミに、宇宙船に乗って十ヶ月も旅をする体力などない。でももしかしたら、農場の新鮮な食料のおかげでみるみる元気になるかもしれない。
そんな日を夢見ながら、僕は妹におやすみを言った。
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