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月が綺麗ですね
「月見酒―!」
「……酔っ払いめ」
お月見しようと言い出したのはそっちなのに、あなたは月なんか見ないでずっとお酒ばかり飲んでいる。スーパーで買った月見団子は残り三つ。小さくて丸いそれらは、あっという間に僕たちの口の中に消えてしまった。
ぼんやりと残りの団子を見つめる僕に、あなたはアルコールの回った頭で言う。
「残り、食べといて良いよ」
「別に、お腹空いてない」
「遠慮すんなって。はい、あーん」
「……あーん」
口の中に押し込まれた団子は甘い。こし餡の滑らかな触感が舌の上で溶ける。その味を、僕はぼんやりとした思考の中で味わった。おかしいな、お酒の飲めない僕は酔っていないはずなのに。ずっと頭の中がふわふわしている。僕の口元から離れていく指を、そのまま舐めてしまいたいと思ってしまう程に。
「月がとっても綺麗ですね!」
「……そうだね」
「愛してるって誰かが訳したんだっけ?」
「さあ……」
「ロマンチック!」
電気の消えた狭いアパートの一室。カーテンを全開にして、僕たちは月明りの下でお月見を楽しむ。このままずっと、夜なら良いのに。このままずっと、二人で並んで居たいのに。
僕の気持ちを知らないあなたは、酔った身体で僕に凭れる。
「んー。ちょっと寝る」
「お月見は?」
「もう十分見たから良いの」
僕の肩で寝息を立てるあなたの重みを感じながら、僕は残った団子をまた口に入れた。甘いのに苦い。嬉しいのに辛い。月が消えて朝が来れば、また僕たちの距離は近くて遠くなるんだ。
「……月が、綺麗ですね」
俯いて僕は呟いた。いつか、ちゃんと言いたい。そう、いつか――。
心の中で小さく誓って、僕はまた月を眺めた。差し込む光が怖いくらいに優しくて、僕の瞳は夜中ずっと、滲んでいたのだった。
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