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「良紀君は今までどうしていたの?大学、東京には行かなかったの?」
「東京には行けなかった」
意外な告白に、沙耶香は立ち止まる。
「成績も優秀で、高確率で志望校に合格するって言われていたでしょう……どうして?」
「高校3年生の冬に、父が病気で入院することになった。長期にわたる入院で、経済的に県外に進学することが無理になってしまったんだ。家族のこともあったから、働きながら、夜間の大学に進むことにした」
沙耶香は呆然としつつも、あの別れの日を思い出す。
「どうして本当のことを教えてくれなかったの?そうとわかっていたら私は……」
「そんなこと言えないよ。将来への希望にあふれた沙耶香の幸せそうな顔を見たら、本当のことは言えなかった。僕のことは忘れて、僕の分も幸せになってほしいと思った。だから、君に別れを告げたんだ」
沙耶香の目に知らず知らずのうちに涙があふれ出す。
「本当は、沙耶香のことが好きで仕方なかった。ねぇ、沙耶香、君は東京で夢を叶えることができた?」
泣き笑いながら沙耶香は呟く。
「学業という意味では、いい恩師に恵まれて、学んだことを活かせる仕事をすることもできた。でも、誰と付き合っても、長くは続かなかった。いつもあなたのことが心にあったから……」
頬に添えられた良紀の手が涙をやさしく拭う。
「ごめんね。君に幸せになってほしかったのに……本当にごめん。でも今日は、君に会えてよかった」
そう言って、手を差し出す。沙耶香はその手を握り返す。
「良紀君、これからもお元気で。さようなら」
沙耶香は駅に向かって歩き出した。ふと、立ち止まって振り返ると、まだ彼はその場に立ち尽くしたままだった。名残惜しそうな沙耶香に気づくと、良紀は彼女に向かって駆けてきた。
「もう今となっては手遅れかもしれないけど、ずっと言えなかったことを言うよ。僕と付き合ってくれませんか?」
そう言って良紀は深々と頭を下げる。
そんな良紀に沙耶香は笑顔で手を差し出す。
「よろしくお願いします」
良紀は沙耶香の手を取って、彼女を抱き寄せた。
「満月を見る度に、君に別れを告げた日のことを思い出していた。もし、チャンスがあるなら、もう一度沙耶香に会わせてくださいって祈っていた」
そう言って、彼女にそっと口づけた。
あれから十年近くの歳月を経て、やっと二人はお互いの元にたどり着くことができた。幼かったあの日の恋をもう一度。
ーー今度こそ上手くいきますようにーー
満月が二人をやさしく照らしていた。
(終わり)
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