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米酢眩師『妻と歯科』
うちの妻は、歯科技工士として、近所の馬戸歯科に勤めている。
馬戸歯科は、大人気ドラマの舞台となった歯科医院と、たまたま名前が同じだったということもあって、ちょくちょくメディアの取材も受け、人気歯科医院となっていた。
今日は、年に一度、家族も呼んで下さる毎年恒例の食事会。ドラマバブルか、例年より、品数が多いような気がする。ヤッホ~♪
和気あいあいと、みんな賑やかに食事を頂いていると、子供たちが集まって食べている席で、何やら揉めているのか、ワーワーと騒がしかった。
泉さん家の大洋くんと、俊瀬さん家の廣朗くん。
「どうしたの?」
うちの妻が様子を伺いに、話に割って入った。ちょうど、ハマグリのお吸い物を、みんなで食べていたらしく、
「ハマグリは、栗だ!」
と、主張する大洋くんに同調する派と、
「ハマグリは、貝だ!」
と、主張する廣朗くんに同調する派に分かれていたらしい。
「もう~、な~んだ! そんなことで揉めてたの~! ほら、ちょうどいいわ! みんな、今、お店に流れてる曲、よく聴いてみて~……、もうすぐ、来るよ来るよ~……」
米酢眩師さんの大ヒット曲で、そのドラマの主題歌『妻と歯科』が流れていた。ちょうど、いいタイミングで、サビが来たッ!
♪こ~れ~が、貝じゃ~なければ、何と~呼ぶのか? 僕は~知らなかったーッッッ!!!♪
「ほら~、米酢さんも『貝』って言ってるよ♪」
「え~~~ッ?! コレ、CDじゃないの?!」
「違う違う! CDじゃないよ~! 米酢さん、みんなの様子を近くのスタジオで見てて、コレ歌ってくれてるんだよ~!」
「え~~~ッ?! 米酢さん、僕たちに向かって歌ってくれてるの~?」
「そうだよ~♪」
「だったら、せっかくのパーティーなんだしさ~、ここで歌ってもらってよ~!」
「米酢さん、照れ屋さんなのよ~」
「え~、そんな~、ねぇ~、いいじゃ~ん! 呼んで呼んで~ッ!」
「ゴメンね~! いろいろ大人の事情ってやつね。今日は米酢さん、スタジオからの出演オンリーなのよ」
「え~~~、そうなの~、残念ッ!」
……って、そんなもん、ほんまに歌ってもらおう思たら、ナンボ(いくら)掛かる思とんねんッ! アホかッ! 馬と鹿ッ!
「でもさ~ッ! 『ハマグリ』って『甘栗』みたいに、『グリ』って『栗』って言ってんだからさ~、やっぱ、『栗』なんじゃないの~ッ?!」
大洋くんも、なかなか、自分の主張を引こうとはしなかったが、うちの妻の仲裁も、なかなか引かなかった。
「でもさ、ほらほら、米酢さんの歌、もう一回よく聴いて~~~? もう一発来るよ、来るよ~……、ほら、来た!」
♪こ~れ~が、貝じゃ~なければ、何と~呼ぶのか? 僕は~知らなかったーッッッ!!!♪
「ほら~、米酢さんもさ、力強くそう言ってることだし、助さん、格さん、もういいでしょう!」
「誰が、助さん、格さんやねんッ! おばちゃんッ!」
「……って、誰が、おばちゃんやねんッ!」
「コワッ! え~~~……、やっぱ、貝なのか~……。ま、米酢さんが言ってんだったら、もう、貝でいいや!」
……って、納得するんか~~~いッ!
有名人の名前の重みもさることながら、訳が分かったような・分からぬような、そんな見解をイケシャーシャーとこじつけて、それで寄り切ってしまうという、妻の貫禄、恐ろしさ!
子供たちには、私も微笑ましく微笑んで、その場をやり過ごしたが、技工士だけに技巧派なのか? 何か、妻から追及されるような事態が発生した場合には、明日は我が身と、ケツの穴、それこそ、肛門様が引き締まる思いだ!
やはり、男という生き物は、女性の手のひらの上で、泳がされたり、転がされているんだな~と、思い知らされた。
妻と歯科……。
あたしゃ、妻としか、いたしません!
……って、何をやねんッ!
大人の事情で言えません!
「あなた、何かやましいことでも?」
な~んて聞かれたら、
「記憶にございません!」
……で、とぼけ倒すぞ~ッ!
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