手ぐすね引いて待つ

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手ぐすね引いて待つ

 会社はボーナス商戦期に合わせ、繁忙期を迎えていた。  えすねっとうぇぶというweb広告の会社で働く伊崎亮汰(いさきりょうた)は、パソコンの画面を睨みつけていた。  あまりの忙しさに、家に帰る時間も惜しいと、この二・三日は事務所の片隅に置かれたソファーが寝床となっていた。しかも周りはペットボトルやごみが散乱している。  それを片付けるのは同じ班で一番年下である水瀬輝(みなせひかる)の日課となっていた。 「伊崎さん、そこらに散らかしておかないでゴミ箱に入れましょーよ」  ゴミを拾う為にしゃがんでいるので頭のてっぺんまで良く見える。  亮汰よりも10センチは高く、ほどよく筋肉のついたしなやかな体つきをした、たれ目で甘いマスクをした男だ。  短期バイトの女子大学生が言うには、どこかの物語に出てくるような強くて優しい王子さまで、亮汰は王に飼われている鷹だそうだ。  そんな王子さまを手足のように使う、まぁ、教育係だった亮汰に逆らうことは水瀬にはできないだろう。 「だから水瀬がいるんだろ」  ゆえにこんなセリフも日常茶飯だ。 「酷い」  思えば班の奴等は遠慮なく口にする。それが鬱陶しくもあるが、気が良い奴等ばかりなので気に入っている。  着信音が鳴る。相手は従姉の桜で、亮汰にある情報を教えてくれるのだ。  それは待ちに待った知らせで、スマートフォンを握りしめた手に力がはいり、小刻みに震える。 「アイツ、やっと帰ってくるのか」  弟、明日帰る、と、短いメッセージ。この何十年間、それを待っていたのだ。 「誰が帰ってくるんすか?」  亮汰の呟きに、水瀬が興味津々とばかりにこちらをみている。
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