手ぐすね引いて待つ

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 思い出の中では大人になりかけの、かっこいい姿で亮汰の名を呼ぶ隆也がいる。 「隆也さん」  切なく名を呟き、ため息をつく。  帰国するまで二十日ある。それまでには忙しさも落ち着くだろう。 「伊崎さんっ」  名を呼ばれる。水瀬がゴミ袋を手にこちらへとやってくる。  結局、掃除をすべてやらせてしまった。 「ほら、ご褒美」  大の甘党である水瀬に、暖かいおしるこの缶を投げて渡す。 「元気の素」  後はオヤツの饅頭があれば水瀬は元気に働くだろう。  メールを閉じてスマートフォンをポケットに入れる。 「さて、またひと働きするか」 「あ、大浜さんから伝言で、石井君OKだそうです」 「わかった」  石井は社長である柴の甥っ子で、部署が違うのだがHTMLコ-ディングのバイトにきていた経験があり、忙しいときはヘルプにきてもらう。  その間、大浜にそのしわ寄せがいってしまうので、貢物の缶珈琲を持ち、一声かけておこうと彼の元へ向かう。 「大浜、悪いな」  珈琲を机の上に置く。そこには大浜が愛してやまない双子の甥と姪が笑っている写真がある。 「俺よりもお前等の方が大変だろうが。遅くまで会社いるんだろ?」  心配するように、自分の目の下をなそる。隈ができているといいたいのだろう。眠気を飛ばすために顔を洗うたびに鏡で見ているのでわかっている。 「ま、こればかりはな」 「そうなんだよな」  互いに頑張ろうと大浜が肩を叩く。  石井は既に仕事をしていて、亮汰もデスクに戻り、パソコンのキーを打ち始めた。
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