手ぐすね引いて待つ

6/9
前へ
/55ページ
次へ
 繁忙期に入ってからあっという間に時がたつ。あまりの忙しさに時間が足りないとおもうほどだったから、そう感じるのだろう。  忙しさもピーク時に比べたらましになった。残業はまだ続けなければならないが、泊まり込むほど遅くまで仕事をすることもないだろう。それだけで気持ちが楽になる。 「はぁ、疲れましたねー」  余裕が生まれたから出た台詞。忙しい間は暗黙のルールではないが、誰一人としてそれを口にする者はいなかった。 「あとひと踏ん張り。社長と加藤さんから美味しいご褒美が待っているだろう?」 「そうでしたね。俺、皆と飲むの好きです」 「おー、俺も楽しみだわ」  と後ろから声がする。 「加藤さん」 「おう、お疲れ。ほら、差し入れだ」  ダックワーズを手渡される。アーモンド風味のメレンゲを使った焼菓子で、日本生まれのフランス菓子だ。 「ありがとうございます」  加藤の同居人はパティシエで、練習で作ったものや、訳あり品を持ってきてくれる。   甘いモノすきが多いので、皆、差し入れに喜んでいる。  お菓子一つでもやる気の素になる。机にだらっとしていた水瀬が背筋を伸ばした。 「やる気出ましたっ」  そう元気よく告げる姿に、げんきんだなぁと誰かが口にして笑う。  もうひと踏ん張り頑張ろう、お菓子と水瀬の明るさが周りをそうさせた。  本当にいい仕事をする奴だ。  加藤もそう思ったか、亮汰にニッと笑い水瀬の頭を撫でて他の人の元へと向かう。 「撫でられるの好きな」  水瀬の頬が緩んでいる。甘えん坊だからなのか、そうされるのが好きなようだ。 「空手に行きたいですね。皆に会いたいなぁ」  水瀬の弟は高校生で、空手部に入っているらしく、亮汰も通っているのもあって通うようになった。
/55ページ

最初のコメントを投稿しよう!

116人が本棚に入れています
本棚に追加