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どこにでもある歩道橋
ボロ着の語り部
これこれそこのお嬢ちゃんたち。――ああ、無視して行ってしまったわい。日本人は平和ボケ以上に無慈悲なのじゃのう。こんなボロボロの老いぼれの呼びかけにピクリとも心が動いておらぬわい。
語り部の前にひとりの青年が通りかかる。
ボロ着の語り部
ほらほらお兄さんや。どうや、ちょっと、立ち止まってみんか。
青年
――お金ですか。今、細かいものは持っていませんから。
ボロ着の語り部
いやいや、金なんてものは所詮幻想物じゃあ。儂がこの枝を貨幣と言えば、金になるんじゃ。――それより、お兄さんは優しいやつじゃのう。
青年
優しい?
ボロ着の語り部
そうじゃ。かれこれ儂が何日ここで呼びかけておったか。昨日の夜半に通った輩なんか、寝とる儂にガムを吐きかけよったわい。――ああ、今思い出してもむしゃくしゃする。――それに比べてお兄さんはというと、こうして儂の呼びかけに、立ち止まってくれたじゃろ。それだけで素晴らしいことじゃあ。
青年
何が素晴らしいのかいまいち分かりませんけど、呼びかけに答えてほししなら、こんな所じゃダメですよ。――あれが見えないんですか。あの大きな建物が。――みんな忙しんですよ。時間が惜しんですよ。僕はたまたま暇だっただけ。僕だって今日じゃなかったら、立ち止まってませんよ。
ボロ着の語り部
時間なんてものはお金以上の幻想物じゃあ。誰も時間が伸びたり縮んだり、点いたり消えたりすることを知らんのじゃ。誰が不祥事を作ったのかは知りたがるくせに、誰が時間を作ったかはてんで関心がない。――阿呆じゃ、阿呆。何が働き方改革じゃ、結局古い考え方に縛られておるではないか。――まあまあ、それはいいのじゃ。こんな老いぼれが叫んだところで、老害、老害、どうせお前は直ぐに死ぬだろうと返ってくるだけじゃ。――それよりもお兄さんや、ちょっと儂の話を聞いてはくれぬか。
青年
いくら暇でも、そこまで長居はしたくないです。
ボロ着の語り部
いやいや、そんな長い話じゃないわい。
青年
お年寄りの方は決まってそう言います。けれど、その約束を守ったためしがない。
ボロ着の語り部
大丈夫じゃ、大丈夫じゃ。儂をその辺のジジババと同じにしてもらっては困る。儂は金というものが嫌いじゃ。それ以上に時間はもっと嫌いじゃ。じゃから、時間についての勉強はようしとるわい。お主たちの共通時間に合わせればよいのじゃろ。
青年
できるだけ、短い方がいいです。
ボロ着の語り部
じゃあ、だいぶ端折って話すだけじゃ。
青年
分かりました。長くなったら、勝手に帰りますからね。
ボロ着の語り部
分かったわい。分かったわい。そん時はどこへでもいき。
暗転。語り部、青年共にはける。
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