神隠し

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『…と…』 『さ…し』 『さとし』 どこからともなく声がした。 兄の声だった。 「兄ちゃん?」 『さとしっ』 「兄ちゃぁ~ん!」 「声がするのですか?」 「兄ちゃんの声がする」 「どっちの方からしますか?」 びしっ、と前方を指さす。 「私には聞こえなかった。お別れの時が来ましたね」 「お姉さんも俺と一緒なら出られるかもしれないよ?」 「私は元人間なだけで、今はもう元の世界に居場所はありません。居場所があるのはこの世界だけです」 「出て行かせない」 すぐ後ろにさっきの神がいた。 一歩が大きいためか、どれだけ俺達が歩いてもすぐ追いついてしまうのだろう。 「俺が見つけた餓鬼だ。俺の物だ」 大きな手が俺に襲ってきた。 反射的に目を閉じ、動けなくなった。 掴まれると思った。 でも掴まれることはなかった。 そっと目を開けるとお姉さんが障壁のようなもので応戦してくれていた。 「行きなさい!長くはもちません!声のする方へ走りなさい!」 「お姉さんも一緒に――」 「私に構わず、さっさと逃げなさい!」 「お姉さん、ありがとう」 「私は美鈴。美しい鈴と書いて美鈴。覚えていて」 お姉さんの最後の言葉を聞きながら走り続けた。 兄の声のする方へがむしゃらに走った。 走っていくと、真っ白だった風景にぽつんと鳥居のような門が浮かび上がった。 そこをくぐると、かくれんぼをしていた公園だった。 あたりは真っ暗闇で、広場にぽつんと立った俺は月明かりに照らされていた。 その後、両親によって俺はこっぴどく怒られた。 神隠しに遭ったと騒ぎになり、大人総出で捜索活動がされていたらしい。 大騒動となった罰として、しばらく兄達と遊ぶことを禁じられてしまった。 その間も俺の頭の中を支配していたのはお姉さんの最後の言葉だった。 (美鈴さん…綺麗な名前…)
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