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君の文字
私には幼馴染がいる。勉強がまあまあ出来て、結構顔が良い男だ。意外とモテやがるので私はいつも橋渡し役に使われる。
「これ!ヒカル君に渡して!!」
そう言って隣のクラスの女子から渡されたのはヒカル宛のラブレター。私はため息をつきながらも、こういうことを出来る女子の勇気を踏みにじれない。だって、私はこんな行動すら起こせないから。
私には幼馴染がいる。私にも勉強を教えてくれて、私が理解できると私以上に嬉しそうに笑う、そんな男の子。意外とモテる彼に、傍にいる私もいつの間にか心を奪われてしまっていた。
「これ、あんたにだって。」
放課後の教室。そう言って女子からのラブレターを渡す。ヒカルは手紙を受け取って、私の目の前で目を通した。デリカシーがないというか何というか。彼はお断りの手紙を綺麗な文字で書いた。それで私に渡すのだ。
「なんで私が」
「断るのに直接会いたくないな。それに最初から直接渡すんじゃなくてアカリを通して渡してきたんだし。」
私はため息をつきながらその手紙を受け取った。
手紙を読んだらしい隣のクラスの女子が私の元にやって来た。
「手紙での返事なんて信用できない。あなたが書いたんじゃないの?!」
そんなことを言われてしまった。悲しいのは分かるけれど、そんなことを言われる筋合いはないと思う。女子が握りしめている手紙を指差して私は口を開いた。
「そんな綺麗な字を書く人、私はヒカル以外に知らないよ。」
そう言えば女子は苦しそうに涙をこぼした。
今まで何度もヒカル宛の手紙をヒカルに渡してきた。ヒカルへの想いを繋いできた。けれどヒカルは手紙は受け取っても、想いは受け取らない。彼が書く手紙に断りの文字以外を見ることは無かった。
ある日ふと、いたずら心のようなものが湧いた。私だってヒカルが好きだ。とってもとっても好きなのだ。けれど勇気が出ないから、勇気を出した他の皆の想いを届けてあげている。勇気を出した皆がすごいから、敬意を持って、ヒカルがきっと振るであろうと信じて想いを届けている。
私は酷いやつだ。本当は手紙を渡す時、いつも不安で、ヒカルが断りの言葉を書く時、すごく安心してるんだ。
無記名で、手紙を書くのはどうだろう。
いつもヒカルは私が差し出す手紙を疑わずに受け取る。私が書いた手紙も、きっと他の誰かの手紙だと思ってくれるんじゃないだろうか。
そうして……振ってくれたなら、きっと私は彼を諦めることが出来る。彼の傍を離れられれば、手紙を渡す橋渡し役ともやっとオサラバ出来るんだ。
私は早速手紙を書いた。普段の私が選びそうにない、可愛らしいピンクのお花の紙に、一言だけ想いを綴る。紙の真ん中に書くのは『好きです。』というたった一つの想いだけ。これを渡すんだ。そう思うと目に涙が溜まってしまって仕方がなかった。
ようやく決心が固まった私はいつものようにヒカルに手紙を渡した。ヒカルはいつも様に目の前で手紙を読んだ。そうして彼は、いつものようにペンを手に取って返事を書いた。私は顔を上げて、彼の綴る文字を見ることが出来なかった。
きっといつものように、断りの言葉が書かれているんだろう。書きあがった手紙をヒカルは私に渡してきた。いつものように、部屋を出て行く。
「なんでここで読まないの?」
部屋を出て行こうとした私の後ろからそんな声がする。
「は?だって手紙を渡さなきゃ。」
差出人は私だけど、手紙は無記名だったはずだ。だから、ヒカルに差出人が分かるはずがなかった。
「俺が渡しただろ。」
ヒカルはそう言って私の手元の手紙を指差した。
「アカリが直接渡してきたから、俺も直接渡したんだけど。」
私は頭が真っ白になった。上手く体が動かない。
ヒカルは焦れたように席を立つと私が開いていた教室のドアを閉めた。心臓がバクバクいって仕方がない。
ヒカルが私を抱き込むようにして手紙に触れる。動けない私の手に手を重ねて、手紙を開いていく。
怖いのに、
目が、
離せない。
いつもの手紙に書かれた、見慣れた彼の文字。
けれどそこに書かれていた言葉は――――――
『俺も好き。』
なんて、夢みたいな言葉だった。
「どうして手紙が私からって分かったの?」
いつもみたいに二人での帰り道。昨日までとは違う関係だから、こっそり手を繋いで歩く。ヒカルはキョトンとしてから笑った。
「あんなに可愛い文字を書く人、俺はアカリ以外に知らないよ。」
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