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午前四時半の逢瀬
この世には、まるで御伽噺みたいな噂が幾つも転がっている。
俺が聞いた、『未明橋』の噂もその一つだ。満月の夜にその橋の上で水面を見つめていると、自身がもっとも会いたいと願う死者に逢えるらしい。時間帯は、午前四時半ごろ。世界が目を覚ます三十分ほど前の僅かな間だけ許される奇跡らしい。
馬鹿馬鹿しい。
それが率直な感想だった。
死者と逢えるだなんて、そんな非科学的なことあり得るはずがない。ましてや、二十歳をとうに過ぎてもそのような噂話に皆が心を躍らせるなんて。人間というものは誰しも心の奥に少年時代の青い心を秘めているのだな。全く、くだらないことで盛り上がれるなんて羨ましい。
そうやって悪態を吐いていたが、やはり噂話というものはこの目で確かめたくなるものだ。人間は、好奇心には敵いやしない。俺もまだ、普通の人間というわけだ。
まだ薄ら寒い夜明け前にわざわざ目覚ましをかけて、眠気眼で身支度をする。着慣れたジャケットを羽織って外に出れば、冷えた青い空気が頬を撫でた。
別に噂を信じているわけじゃない。ただ、気になっただけだ。それで死者と逢えたなら、ラッキーくらいに思っておこう。
午前四時過ぎ。
俺は噂の未明橋へと歩き出す。
ジャケットの裏ポケットには、亡くなった彼女との写真を未練がましく突っ込んで。何を思い立ったか逢いたくなった彼女をぼんやりとその頭の中に想像して、仄かな月光が降る街を歩く。
もしも噂話が本当ならば、逢えるだろうか。
俺が殺してしまった彼女に……。
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