午前四時半の逢瀬

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 信じられなかった。  不意に逢いたくなった彼女が目の前に居ても、当時と変わらない声で俺を呼んでも、実感が湧かない。  噂話が本当だった?  そんな単純な言葉で済む話じゃないだろう。死者が目の前に居て、さも当然と言わんばかりに声をかけてくる。 「どうして私に逢いに来たの?」  口の中がカラカラに乾いて返事ができない。呆然とする俺に歩み寄り、彼女はそっと俺の手に触れる。  その手は、冬の水みたいに冷たかった。 「……なん、となく」 「そう。ミチルくん特有の気まぐれってヤツかしら?」  返事の代わりに俺は軽く首肯した。  ドクドクと心臓が五月蠅い。非現実的な体験と、俺が殺した彼女がにこりと笑って迫ってくる感覚が素直に怖い。背筋には、凍るような汗が伝っていく。浅くなる呼吸のせいで、思考回路が鈍った。 「そんなに緊張しないでよ。私は何もしないわ。怯えたような目をされると傷つくのよ?幽霊だって、普通に人とお話したいのに」  余程不安げな顔をしていたのか、サヤが子供みたいに頬を膨らませながら言う。「ミチルくんでも幽霊はさすがに怖いのね」なんて、ゆっくりと顔に笑みを広げながら彼女は目を細めた。  そして、長い髪を翻して俺に背を向ける。  波紋を鏡面に広げながらピアノの方に戻る彼女は、まるでスキップでもするかのような足取りだった。 「こっちへ来て。そんなに遠くに居ないでさ」 「……おう」  俺は彼女に手招かれるままに、ピアノの方へと歩み寄っていく。心なしか、降り注ぐ月明かりが明度を増したような気がした。
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