1人が本棚に入れています
本棚に追加
/10ページ
心臓が跳ねた。
何か言葉を紡ごうとした唇が震える。
椅子に腰かけたサヤは、白鍵を見つめながら問いかけてきた。俺は何も答えられず、陶器のように白い指がピアノに触れるのをただ見つめていた。
「今日みたいに月が綺麗な日だった。そうね、こんな風にロマンチックな雰囲気だったかも。場所は夜の旧校舎の音楽室で、いかにも青春って感じ」
ポロン、と一音鳴らしてサヤは懐かしげに語っていく。その音を合図に、一瞬だけ目の前に高校時代の風景が映ったような気がした。
「こうして二人きりで話したわね。世界でたった二人きりになったみたいだった」
夢見心地な顔で彼女は言う。
その思い出話は、俺からすれば凶器に思えた。じりじりと首を絞めるみたいに、俺の命を削っていく。ふと気を抜いた瞬間に、心臓を一突きされるのだ。苦しむ間もなく、明確な殺意によって儚く散る。
俺には、そうとしか思えなかった。
「もう一度聞くわ、ミチルくん。……あの日のこと覚えてる?」
月光を帯びた色のない瞳。それが、俺を苛むように見つめている。
彼女はきっと、俺をここに呼び出して殺すつもりなのだ。自分を殺した犯人を、数年の時を経て殺しにきた。
きっとそうだ。
俺に罪の意識を植え付けて、散々苦しませてから殺すんだ。
彼女がそういう人間でないことは俺が一番分かっているはずなのに、今はそう思えて仕方がなかった。
「…………覚えてる」
随分と間を開けて答えた。その声は情けないくらい掠れている。
俺が答えれば、サヤはにこりと綺麗に笑ってまた鍵盤を鳴らした。
「ふふ、面白い顔。ミチルくんは睨めっこが強そうね」
「……」
「あのさ、ミチルくんはこの橋の秘密は知っているの?」
黙り込んでいれば、サヤが遠くを見つめながら問う。
「橋の秘密……?死者に逢えるってことか?」
「それは秘密でも何でもないでしょ。……逢える死者にもね、『条件』があるの」
サヤは俺に向き直り、薄く艶やかな唇で微笑みを作り上げた。
最初のコメントを投稿しよう!