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ザァ、と海鳴りのような音がして景色が砂のように攫われていく。瞬きの次の瞬間には、あの日と同じ旧校舎の音楽室に立っていた。
埃っぽいにおいが鼻腔をくすぐる。年季の入ったピアノからは、今も透明感のある音色が聞こえてきそうだった。
あの日と微塵も変わらぬ舞台だ。
彼女を殺すことになってしまったこの部屋。
俺の最期には、お似合いの場所だろう。
「……やっぱり、恨んでたよな」
その言葉と同時に思わず零れた笑声は、一体何の意味を持っていたのか。割れた窓から転がりこむ月明かりは、それを教えてはくれなかった。
「そりゃそうだよな。俺は、お前を殺したようなものだもんな。言葉っつう意外にも鋭くて、何よりも痛い凶器でさ」
引きつった笑みを零しながら、震えた声を紡ぐ。握りしめた拳は小刻みに震え、足が浮ついたような感覚がする。
彼女の目を見るのが怖くて俯けば、素っ頓狂な声が聞こえた。
「へ?ミチルくん、何言ってるの?」
「は……?」
「恨んでたって、誰が誰を?」
サヤは古びたピアノから視線をこちらに向けて、その目を満月のように丸くした。
そんな顔をしたいのはこちらの方だ。
てっきり、彼女はここで俺を殺すために招いたと思ったのに。サヤからは、その様子が微塵も感じられない。
何故だ?
彼女は、俺に復讐したいんじゃないのか?
「サヤが、俺を……殺すつもりで、俺に逢いたいと願ったのかと……」
隠しきれない動揺の色を混ぜながらゆっくり言葉を紡げば、彼女は突然吹き出して高らかに笑った。ミステリアスで落ち着きを放つサヤからは想像できないほど、無邪気で大きな笑い声だった。
「そんなこと思ってたのね。殺すわけないじゃない。だって貴方のことこんなにも好きなのよ?ただ私は、もう一度貴方から気持ちを聞きたいだけ」
嘘のない瞳だった。
生前と変わらない、少しだけあどけなさを残した綺麗な微笑。
俺はそんなかけがえのない宝物のようなものを、自分の心無い言葉で壊してしまったのか。どうしようもない後悔が、心を締め付けていく。
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