1人が本棚に入れています
本棚に追加
/10ページ
「……あの時は、まだ幼かった」
差し込む月明かりをぼんやりと見つめながら、俺はぽつりと話し始めた。
「今となってはただの言い訳のようにしか聞こえないかもしれない。でも、当時の俺には恋愛というものがどういうものか分からなかった。彼女なんて、いるだけ面倒だと思っていた。……人のことを、ろくに知ろうともしなかった」
幼き日の自分に向けて、棘ある声をぶつけていく。瞼の裏に映る死んだ目をした自分と目が合ったような気がした。
「……だから、心無い言葉でサヤの気持ちを踏みにじってしまった」
目の奥が熱を帯びた。別の何かが溢れかえりそうな喉を必死に震わせて、心の奥底に溜め込んだ想いを吐き出していく。
サヤは、黙って俺の話を聞いていた。
そんな彼女に、いつの日か言ってしまった心無い言葉。
その時の言葉は、何よりも深く耳奥に刻み込まれている。
――興味ないんだ、お前のこと。
彼女は、いつもの飄々とした様子で、それでいてどこか真剣に気持ちを伝えてくれたのに。進路や家庭の悩みで苛立ち、他人への不信感を抱いていた当時の俺は、彼女の気持ちを何も考えずに嘘だと思ってしまったのだ。
冷静じゃなかった。
恋愛に現を抜かすほど、余裕がなかった。
本当にそうだったのだが、今となればそれはただの言い訳にすぎない。
あの時、もう少し彼女のことを知ろうとしていれば。今頃は、隣で共に過ごしていたかもしれないのに。
「……今更遅いかもしれない。これを言って、サヤを怒らせて、この場で殺されても構わない。それでも、俺はお前に言わなくちゃいけないと思う」
心のどこかで感じていた、甘酸っぱい果実のような小さな気持ち。当時はそれに気づかないフリをして、どうでもいいと吐き捨てた。
けれど、今は違う。今ならば、彼女の奏でる旋律に惹かれた理由も、誰かとつるむのが嫌いだった俺が彼女といたのも、仄かに胸が温まる気持ちも、全部理解できる。
「……俺、サヤのことが好きだった」
最初のコメントを投稿しよう!