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青みのある満月に、一粒の雫が注がれる。溶けた月が波紋と共に駆けて、思い出の場所を再び消し去っていった。
未練が果たされた。
再び舞い戻ってきた神秘的な世界が、そう告げているような気がした。
視線の先の彼女は、ゆっくりと目を開いてその瞳に眩しい月明かりを宿していく。キラキラと輝いたそれは、いつかの青春の日々を映しこんで揺れた。
「あぁ……嘘でもよかったの。でも、貴方のそれは紛れもなく本物ね。それが、ずっと聞きたかった」
サヤの両目から、月光の欠片がはらはらと零れ落ちる。元に戻った鏡面の世界にそれは落ち、二人を照らす月を揺らめかせた。
「終わりから始まる恋っていうのも、悪くないわね」
彼女は俺の手を取り、確かめるように両手で包み込んだ。そこに温度は存在しないのに、妙に温かいような気がする。
後悔と、それから幸せと、小さな悲しみ。いろいろな感情が混ざって、俺はどんな顔をしていいのか分からなかった。
「ミチルくん。私ね、今すごく幸せよ。きっと、今までの中で一番。ずっとずっと聞きたかったことを聞けて、本当に嬉しかった」
「……これで、良かったのか?」
「ええ、充分よ」
「……遅くなって、悪かった」
雪を欺くようなその手を握り返す。こうして温めていれば、彼女の命の灯が再び灯るような気がして。
……なんて、殺した本人が言うのはおかしいか。
本当に俺は最低な人間だ。
「そんなに自分を責めないで、ミチルくん。なにも、私たちはまだ始まったばかりじゃない」
サヤは前向きで明るい表情で言う。
それに呼応したかのように、雫が落ちる小さな音が響いた。月が浮かんでいた夜空に、じわりと青紫が広がっていく。絵の具のように広がるそれは次第に神々しさを増し、遠くの水平線には眩い光が顔を覗かせ始めていた。
――夜明けだ。
未明橋の奇跡が、終わりを告げる。
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