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予定をチェックすると前田ミサキのカットの予約が入っていた。
「もう、一ヶ月かあ。1センチくらいは伸びてんのかなあ」
白亜はミサキのベリーショートの伸び具合を想像したが、前回と同じだった。ミサキのあとの予約まで余裕があるので、今日は彼女にカットだけではなく、カットの理由も聞き出そうと思っている。
「あ、そうだ」
思い立って白亜は黒彦に電話をかけた。
「もしもし、あ、桃? 黒彦に代わってもらえる?」
桃香とおしゃべりを楽しみたいところだが、そこまでの時間はなく、すぐ黒彦と話す。
「どうした。婚活希望か?」
「いや、そっちはいいよー。あのさー薬くんないかな。自白剤までいかなくていいから、ライト目の」
「本格的な自白剤もすぐ用意できるが?」
「うーん、この前作ってた、正直になるってやつ。まだある?」
「ああ、残ってる」
「ちょうだい。今すぐ持ってきてよ」
「今すぐだと?」
「桃に頼んでさあ。今、母さんいなくて店出られないんだよー」
「むっ。気安く人の嫁を使うな俺が届けてやる」
「そう? 悪いね。頼むよ」
電話を切り、店を整えながら黒彦を待つ。10分もしないうちにやって来るだろう。白亜は誰よりも黒彦を気楽に扱うことが出来る。メンバーの中で末っ子のような甘え上手さと、猫のような軽やかな気まぐれさを拒める者は、男でもなかなかいない。
ドアが開き、黒彦が遠慮なく入ってくる。彼の着ている、きちんとアイロンのあたった黒いシャツを見ると、黒彦は桃香に愛されているんだなと少し羨ましい気持ちが沸いた。
「ほら、持ってきたぞ」
「ありがとー」
「誰に使うんだ」
「それがねえ」
白亜はミサキのことを話す。
「なるほど。お前が目当てではないようだな」
「そうなんだよ。もうそろそろ丸坊主になっちゃうよ」
「それで理由を探るわけか」
「今までも、話は適当にしてたんだけど、なんかガード固くてさあ」
「でも、どうやって飲ませる」
「ああ、うちシャンプー終わったらソフトドリンク出してるの。それに入れるよ。無味無臭でしょ?」
「そうだ。じゃ、これ一回分だ。即効性があるが時間は30分間だ。飲ませたら早めにな」
「んー。ありがとー。また桃にもサービスするから来てって言ってね」
「あ、ああ……」
白亜に念入りに桃香の髪を触られると思うと黒彦は複雑な思いをするが、仲間の店なので何とも言えない。ちょうど白亜の母親の明美が帰ってきた。
「あら黒彦ちゃん、来てたの? 髪切ってく?」
「あ、いや、もう用事はすんだから。店帰らないと」
「さっき書店通りかかったから桃香ちゃんの顔見てきたのよ。桃香ちゃん『黒彦さんにゆっくりしてきていいですよって言ってください』って」
「あ、いや」
「ほら、ちょっと伸びてるじゃない。おばさんササッと切ってあげるから、そこ座んなさい」
「う、あ、はい……」
黒彦は大人しくセットチェアに腰かけてため息をつく。白亜はフフっと笑って「いいじゃん。さっぱりしていきなよ」と肩を叩いて飲み物を作りに奥に入っていった。
商店街の仲間たち6人組の髪は、幼いころから明美が切ってきた。6人みんなが帰国し、揃いこうして髪を切ることが出来るようになり明美はとても嬉しかった。
「相変わらず真黒でつやつやしてるわね。桃香ちゃんのご飯のおかげかな?」
「うん。ご飯ちゃんとしてくれてるよ」
明美の前では黒彦ですら素直で大人しくなる。彼女に髪を優しく心地よく触られると、誰でも借りてきた猫のようになった。この技術は恐らく白亜に遺伝しているのであろう。
「白亜にもいいお嫁さん来てくれるといんだけどねー」
「そのうち来るよ。婚活もしたし」
「ありがとね。白亜たちのために企画してくれて、おばさん嬉しかったわー」
「青音だけ上手くいったみたい」
「そっかあ。青音ちゃんにも春が来るといいわね。さて、出来たわよ」
「ありがとう。さっぱりした」
「また来てね」
「うん」
すっきりと爽やかになり黒彦は少年のような笑顔を見せて店を出た。明美は「うんうん。昔から変わってないわね」と目を細めて安心していた。
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