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「わかりました!」
「え? 犯人わかったの?」
謎を解くことをせず優奈を観察していた青音は、驚いて彼女の答えを待つ。
「これは痴情のもつれですね」
「痴情?」
「ええ。犯人はこの男の愛人です! この薬指を見てください。指輪の日焼けがある。つまり不倫旅行中ですね」
「ふんふん」
「で、凶器は鋭い鋭利な氷です。この血と水が交じり合わずに流れてます。凶器は溶けたんですよ。水筒も転がってるし。この中に隠して持っていたんでしょうね」
「ほんとだ。でも物取りの犯行ではないの? 空っぽにされた財布がわざわざ転がされてるよ」
「それはひっかけですね。見てください、この財布。こんな有名ブランドのほぼ新品の財布を置いて行くなんてありえません。財布を売っても結構な値段で売れますよ」
「なるほど」
「で、この男の爪に注目してください。白っぽいクリームみたいなものが付いています。恐らく日焼け止めクリームか何かでしょう。きっと刺された時に愛人の肌をひっかいたんですよ」
「ふーむ」
受付に向かい解答を話すと、スタッフに大正解ですと言われ大きな拍手をされる。そして商品を手渡される。開けてみると深緑色のチューリップハットが入っていた。
「わあっ! 憧れの金田一ボウ!」
優奈は興奮して早速かぶっている。
「どうですか? 青音さん!」
「うん。よく似合ってる。工作が得意そうに見えるよ」
「工作? コウスケじゃなくて?」
「?」
二人がイメージする帽子の持ち主は違うようだが嬉しい気持ちは共通している。館内のカフェで紅茶を飲みながら、青音は優奈の名探偵ぶりにとても感心したと告げる。
「あ、いえ。謎解きちょっと好きだったので、ついつい。熱くなってしまって」
恥ずかしそうに優奈は目を伏せ、緑の帽子は畳まれてバッグにしまわれた。
「僕もとても興奮したよ。楽しかった」
「ほんとですか?」
「うん」
「よかったあ」
心からほっとしたような表情を見せる優奈に、青音はまた初めて見るような感覚を得る。彼女自身素っ気ない雰囲気で癖がなさそうなのに、なんだかやけに謎めいている。
青音は普段から周囲に謎めいたわかりにくい人物と評されているが、実際は表情と行動がクールでスマートなだけだった。好き嫌いははっきりしているし、受け答えは曖昧ではない。優奈の方がよっぽど謎めいているとまた関心が沸く。紳士である彼はせっかちではないので焦って全て知ろうとはしないが、少しずつ追及はしていくつもりだ。
「ねえ。優奈さん今度はいつ会えそうかな」
「あ、え、えっと来週どこかで」
「そっか僕はいつも通りだから君のいい時に」
「はいっ!」
その後、食事をしてから公園を通りがかる。優奈は公園を抜ける前に「あの、私ここで」と頭を下げる。
「送ろうかと思ったんだけど」
「いえ、まだまだ明るいですし。ちょっとスーパーで買い物して帰りたいので」
「そう?」
送らなかったと桂子が聞けば後で変な顔をするだろうが、優奈がそう希望するので青音は言うとおりにする。
「今日は本当に楽しかったです」
「こちらこそ」
「じゃ――」
踵を返す前に優奈の肩をつかみ、抱き寄せる。
「あ、あの――」
ぼんやり優しい優奈の瞳を覗き込む。
「君の眼は柔らかいのに鋭い。唇はどんなのだろう」
どんなにぼんやりしていても、これはキスをするシーンだということは分かる。優奈は息を止め目を閉じた。青音の唇が重なり、軽くチュッっと音がしたと思うとすぐ離れる。
「今度また」
静かに微笑み青音は身体も離す。
「え、ええ。ま、また」
優奈は止めていた息を思いきり吸い込み、荒い息を押さえて深呼吸した。同時に背を向け公園からそれぞれ出る。青音はなかなか健全なデートだったと満足していた。
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