39人が本棚に入れています
本棚に追加
/345ページ
イエローシャドウ 井上黄雅(いのうえ こうが)編
店先を掃除しながら、商店街を行き交う幸せそうなカップルを眺め、自分も幸せを感じていると、どんよりとしたオーラを纏っているような女性が歩いてきた事に気づく。髪は1つにきつく結ばれコートに手を入れたまま、俯き加減でカツカツとヒールを鳴らしている。
すれ違うカップルに冷ややかな一瞥をくれ、顔を上げ『レモントイズ』のショーウィンドウに目を止めた。無表情だがオーバル型の眼鏡の奥の瞳がゆるむ。その視線の先には白いウサギのぬいぐるみがあった。
ウサギと彼女を同時に視界に入れたとき、黄雅は「あっ」と小さく声を上げた。すると女性も振り向く。
「黄雅くん?」
「委員長!」
女性は少し明るい表情を見せ懐かしそうに目を細めるが「委員長は止めて」ときつく言う。
「えー。山崎さん? 菜々子さん?」
「なんでもいいけどさ」
「でも久しぶりだね。どれくらいぶりだろう」
「ほんとね。こっちに帰ってきてたの?」
「うん。うち継いでる」
「あ、そっか。ここ黄雅くんちだったわね。みんなは?」
「みんなも一緒に帰ってきてるよ」
「そうなんだー」
「委員長はずっとこの町に?」
「ううん。こっちには最近戻ってきたというか……」
またどんよりとした雰囲気になってくる彼女に、黄雅が心配そうな目を向ける。
「そんな目をするの止めてくれる? 昔から変わらないわねえ。はあー……。左遷でこっちの支社に飛ばされたのよ」
「え? 委員長が左遷だなんてまさか。みんなぼんくらじゃないの? 委員長より優秀な人なんかそうそういないでしょ?」
山崎菜々子はやれやれといった表情でため息をつく。
「はあー。黄雅くんに言われるとイヤミとも思えなくて困っちゃうわー。黒彦くんあたりが言うと完全にイヤミに聞こえるけど」
「そんなことないよー」
「町で一番、いや6人いるからあれだけど、天才たちに優秀って言われてもねえ」
「俺はほんとうにそう思ってるのにー」
「ふふっ。ま、いっか。久しぶりに会えて少し元気出た」
「帰りはこんな時間なの? うちも、もうそろそろ閉めるんだけど一緒に赤斗のとこにでもご飯食べに行かない?」
「そうねえ……。今日はもう疲れてるからまた今度にしとくわ」
「そっか」
「また誘って、じゃ」
「うん、またね」
肩を揉みながら菜々子はカツカツとヒールを鳴らして去って行った。その疲れた後姿を見つめながら黄雅は今度彼女に『もみの木接骨院』に行った方がいいよと言おうと思っていた。
最初のコメントを投稿しよう!