第4話 月の香りに誘われて

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第4話 月の香りに誘われて

 ほんのりと暖かい温もりを教えてくれた紅葉色の秋風、柔らかな鈴の音を鳴らすコスモスの香り、そして秋の温もりを見せてくれる夕暮れ時の街並――秋の風物詩とも呼べるこれらの光景は、志穂の心を満たすには十分すぎるほどの景色だった。  だが言葉では伝えようのない気がかりを残したのか、志穂は街並から少し離れた場所にある川へ向かった。夜の時間帯ということもあり、川の周辺には志穂の他に人の姿はなかった。  しかし周りに人がいないことが功を(そう)したのか、「サラサラ」という川のせせらぎが聞こえてきた。瞼を下ろした志穂がゆっくり耳を澄ましてみると、より鮮明に「サラサラ」という音が聞こえるようになった。 「……綺麗な音色だわ、まるでオーケストラのようね」  さらにせせらぎの音を間近で堪能したいと思った志穂は、小石につまづいて怪我をしないよう気をつけながらも、川のほとりまでゆっくりと歩み寄る。  数分もしないうちに川のほとりまで無事到着した志穂は、そこでさらなる自然の神秘を発見した。静かに川を流れる水面(みなも)に、うっすらと月が浮かんでいた。月明かりに浮かぶせせらぎの音が見事に調和しており、お互いのメロディに波長を合わせるかのように、一時の旋律を奏でている。 「せせらぎの音に耳を澄ませながら、水面に浮かぶ月を眺める……これは最高の贅沢ね」  そんな息を()むような光景を目の当たりにした志穂は、そのメロディに誘われるかのように、タクトに見立てた白い指先でリズムを取っていた。そして月明かりの下で無邪気に指揮を取っている志穂の瞳には、旋律と光の反射を重ねた水と月のアートが映っている。  高校進学に向けた受験を控えているためか、志穂の心は多くのストレスを抱え込む日々を過ごしている。そして年頃の少女でありながらも恋人がいないことから、その心労を解消する方法を探そうと苦悩していた。  だが以外にもその解消法は早く見つかり、しかもその答えは志穂が過ごす日常の中に隠されていた。恋人がいなくても日々の疲れを癒すことは出来る――月明かりに下に浮かぶ川辺やせせらぎが、志穂にそう語りかけているような光景でもあった。  月の欠片が降り注ぐ月明かりの下で、志穂は時間が過ぎる瞬間をひたむきに感じている――それはまるで志穂自身が月の香りに誘われるかのように、運命的かつ幻想的な1つの出会いとなった……                              ――完――
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