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01 水底の廃村
今年の夏は雨が降らない。
ニュースでも毎日水不足の問題が取り上げられ、気象予報士がなぜか済まなそうな顔をしながら「明日もまだ晴れの予報です」と伝えていた。
「あ!ねぇ、ここ知ってるとこだよ!」
私の住む街一帯の水源だという不樽田ダムは満水時の三十%にまで干上がっていて、そのせいでダム建設当時に水没した村の一部が現れたと伝える映像を観て、隣のハルキがはしゃいだ声を上げた。
「うわぁー、ほんとにあるんだなぁ、こういうの……」
他人事のようにぱりぽり菓子をかじる私だったが、何か不穏な気配を感じ取り振り向くと、案の定、ハルキが目を輝かせながらスマホの地図アプリでルート検索を始めていた。
「まさかとは思うけど……」
「うん!行こうぜ!俺こういうの超好きなんだよ!」
見詰め返す満面の笑みにもはや何も言うこともできず、ため息をつく私を無理矢理車に押し込んでニ時間半、助手席から降りた私の手を引いて、
「あ、あそこから見えるんじゃないかなぁ!」
ニュースの影響か幾分かの野次馬が集まっているようで、ハルキはその人だかりの方へと嬉しそうに走り出した。
「もうー、興奮し過ぎだっての!」
不機嫌にツッこむ私だったが、しかし同時に久し振りの大自然の深く青い空気に心地良さも覚え、こういうとこがなんかずるいんだよなぁ、有耶無耶上手っていうかさぁ、などと思いながら引っ張られるままに駐車場の端へと辿り着き、人だかりの隙間に割り込むと低い柵越しに並んでダムを見下ろした。
「おぉー、あの線みたいになってんのが元の水面かな。
ほら、あそこから下は木が生えてないじゃん」
「ほんとだねぇ……でもその噂の村はどこよ、全然見当たらないけど」
「うぅーん、まだけっこう水も残ってるし、本当は見えないんじゃないの?」
「えぇー!?じゃあ何しに来たのよ、二時間半もかけてこんなところまで……」
「あはは、まぁいいじゃん、ただのドライブでも楽しいじゃん。
……っと……あ、あれじゃないの?
あそこ、ほら」
笑いながらダムを見回すハルキの目線が遥か遠くの対岸方向で止まり、凝視した後に確信すると指で差し示した。
「どこ?……えぇ……?
あぁ……確かになんかそれっぽいのがあるような……。
でも木が邪魔でここからじゃよく見えないね……」
「そうだよねぇ……よし、反対側に回ろうか」
「……マジ?」
「マジ。早く行こうよ!」
再び私を車に押し込んで、地図アプリで道を確かめながらエンジンをかけ、
「あっち側だと……よし、行けるな、じゃあ、レッツゴー」
「はぁーい……れっつごー……」
先は長そうだなと、ため息まじりにコンビニ袋からがさがさと菓子を探し始めた私に微笑むと、ハルキは軽快に車を発進させた。
これを子供みたいでかわいいととるか、馬鹿みたいとあきれるか、だよな……でもかわいい……。
無言で塩味のかけらをぱりぱりと頬張りながらその横顔を見詰めていたが、
「こっちだな、何かニオイを感じる」
三十分ほど走ったところでふいにつぶやくと、あらぬところでハンドルを切り山道に入り始めた。
「えぇー?大丈夫なの?こんな細道……。
途中で何かあってもUターンもできないよ?」
不安になって尋ねるも、
「大丈夫だよ、野生の勘が」
と深い草木が茂る前方に真剣な眼差しを向けたまま答える。
いや……やっぱりかわいいより馬鹿の方が上か……?
などと考えていると、やがて静かに車が止まった。
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