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異世界 8
空中に漂っているこの黒い靄は秒単位でどんどん濃くなっていく。
私はそれをただ呆然と見ているしかなかった。
「サタンッ!落ち着きなさい!」
「サタン、頼むから怒りを鎮めてくれ!」
焦ったように声を荒げるファーセリアさんと神様。
サタンさんは何で怒っているんだろう?
何か私がいけないことをしたから?謝ったら許してくれるだろうか?
いや、謝るくらいじゃ駄目か。
殴られるのを覚悟で謝罪しなければ....。
言葉だけで許してもらおうなんて甘い考えだ。
私は足に力を入るのを確認してから、そっと立ち上がり、サタンさんの真ん前まで行く。
彼の目の前に来た途端、急に足から力が抜けその場で崩れ落ちてしまった。
「姫っ!?」
「ディアナ!!怪我は!?」
ファーセリアさんも神様もそんなに焦らなくても大丈夫ですよ。
これくらいどうってことありませんから。
数々の暴力と痛みに慣れてしまった私の体からすればこの程度の痛みどうってことない。
膝に痣が出来ているかもしれないが、そんなの怪我の内に入らない。
怒りで顔を歪めるサタンさんを下から見上げながら口を開いた。
「サタンさん、怒らせてしまってごめんなさい。気に入らないところがあれば、言ってください。頑張って直しますから....それから、怒りが鎮まるまでどうぞ思う存分私のことを殴ってください。私のことはサウンドバックだと思ってもらって構いませんから。改めて今回は本当に申し訳ありませんでした」
両親に小さい頃から教え込まれていた土下座を披露する。
そう言えば、両親が私に唯一熱心に教えてくれたのは土下座だったかもしれない。
『地面に頭を擦り付けるのが土下座だって言ってんだろーが!』
『頭上げて良いなんて一言も言ってないわよ!』
両親は私に謝罪を求める際、必ずと言って良いほど土下座をさせてきた。
それが例えアスファルトの上だろうが砂利の上だろうが関係なく、だ。
そして、頭を地面に擦り付けた私を両親は蹴りつけてくる。
酷いときはピンヒールで頭を踏みつけてくるから、相当痛かった。
サタンさんは悪魔だし、私が今まで受けてきた暴力の比にならないほど猛烈な蹴りを入れてくるかもしれない。だけど、私はそれを受け入れるしかないんだ。だって、悪いのは私だから。サタンさんを怒らせたのは私だから。
だから、私は罰を受けなければならない。
ギュッと拳を握りしめる。
強い衝撃に耐えるため目を強く瞑った。
.........ぽんッ
私の頭に来た衝撃はとても弱く....優しいものだった。
頭を軽く手で撫でられる感触....。
次の瞬間、私の両脇にサタンさんの腕が差し込まれ抱き上げられてしまった。
驚きのあまり声が出ない。
何で?どうして....?
暴力を振るわないだけでも驚きなのに何でこの人は私の頭を優しく撫でてくれたの?どうして私はこんなにも暖かい腕の中に居るの?
分からない....分からないよっ....!!
「姫、良いですか?私は貴方のことを殴ったり蹴ったりすることは絶対にありません。貴方の嫌がることもしません。私はむしろ、貴方のことを守り愛したいと思っています」
「まも、る?あい、す....?」
「はい。貴方は私の唯一無二の存在。守るのも愛するのも当たり前のことです」
違うっ...!そんなの当たり前なんかじゃないっ!
私は....私はっ...!ずっと殴られてきて、ずっと蹴られてきて、ずっと暴言を浴びせられてきた!それが私の“当たり前”なの!
なのに.....何でっ....?
全てを諦めて自殺したあとに何でこんなに....!今更こんなに優しくされたって全然嬉しくない!
「嫌っ!やめてっ....!」
「姫....?」
「私はずっと暴力や暴言が当たり前の日々を送ってきてたのっ....!それなのに今更優しくしないでよっ....!どれだけ助けを求めても誰もっ....誰も助けてくれなかったのに!神様に関しては数えるのが億劫になるくらい『助けて』って言ったのに助けてくれなかった!なのに何で?何で今なの?全部諦めて死んだあとに優しくしてくるなんて狡いよっ...!一番辛いときは何もしてくれなかったくせに....!!」
私の心からの叫びに三人とも息を呑んだ。
分かってる....こんなのただの八つ当たりでしかないことくらい。
過ぎてしまったことを三人に言ったところで何の意味もない。
せっかく優しくしてくれたのに....私は何を言っているんだろう?何で『ありがとう』って言わなかったんだろう?
『ありがとう』と言っていれば、皆を困らせずに済んだのに...。
嗚呼....やっぱり、私は駄目な子だ。
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