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「おつかれ~。 あっきー、お客さんだよ~」  やっぱりこの人が会長さんなんだ。  スクエア型の黒縁メガネに黒髪で、いかにも生徒会長という雰囲気が作られている。  作られている、と感じるのは右耳についたピアスのせいだろうか。  少し長めの黒髪でほとんど見えていないが、髪の隙間で時々キラッと光が反射しているのが見えた。  ピアス、禁止じゃなかったっけ?  確か瑛士が、校則違反になるとブツブツ言いながらピアスを外していた気がする。  俺様は案外ルールはちゃんと守るんだよね。 「いらっしゃい。 いっちーが散らかし魔なので汚いところですが、ゆっくりしていってくださいね」 「散らかし魔って…、あっきーだってお片付け苦手なくせに~」 「いっちーほど酷くありませんよ」  確かにそれぞれの机の上には大量の書類らしきものが乱雑に置かれている。  あれは、使用中ではなく片付けた後の状態ってことなんだろうか。  隣で「そんなことない」と否定してるけど、さっきまでの行動の大雑把具合からすると怪しい気がする。 「ゆずくん、ゆずくん。 これがさっき話したあっきーだよ~。 いじめっ子だからあんまり近付かないようにね~」 「いじめっ子ってどんな紹介をしているんですか。 特定の人以外をむやみに虐めたりはしませんよ」  ――それは、特定の人なら虐めるのが好きということだろうか。  とりあえず、一歩下がっておこう。 「ちょっと~、ゆずくんが怖がっちゃったでしょ~」 「大丈夫ですよ。 人の獲物を虐めたりはしませんから。それで? そちらはどなたですか?」 「獲物って、あっきーじゃないから取って食ったりしないし~。 人聞き悪いな~も~。 ゆずくんには生徒会のお手伝いをしてもらおうかな~って」 「人聞きの悪いのはどっちですか。 俺だって突然取って喰ったりはしませんよ。 庶務希望ってことですか?」 「逃げられないようにしてから狩ってるんだから似たようなものでしょ~。 ゆずくんの希望っていうか~、俺の希望♪」  大事な話とそうじゃない話が同時進行でポンポン進んでいく。  それにしても、あっきーにいっちーって仲良さそうだなぁ。 「困りますよ。 副会長ともあろう人が無理矢理拐かしてきただなんて…」 「無理矢理じゃないから~。 ちゃんとゆずくんから来てくれたもんね~?」 「どうせ、来るしかない方向に話を展開させた上での同意でしょう。 それで? 青ネクタイってことは一年生ですね。 お名前は?」  そういえば名前ちゃんと聞いてなかった~、と隣からも視線を送られ、あっという間に話の矛先が僕に向いてしまった。  えっと、名前、名前、なまえ…。 「大丈夫。 ゆっくりでいいよ~」  戸惑っていたら、背中をポンっと叩かれた。  一瀬先輩も会長さんも、会話の流れが途切れてしまったのに急かすことなく僕の言葉を待っていてくれる。 「――高梨、柚琉…です。 よろしく、お願いします」  何とかそれだけを伝えて、ペコリと頭を下げる。  たったこれだけのことを伝えるただけなのに、僕の心臓は壊れてしまったのではないかと思うほどの速さで鳴っている。  二秒で準備ができる俺様の心臓が羨ましい。 「そっか~、ゆずくんは柚琉くんで、高梨柚琉くんだったんだね~」  名前が分かって嬉しいと、こんな些細な出来事で笑ってくれる。  良い人だなぁ…。 「いっちー、あなた名前も訊かずに連れてきたんですか?」 「名前は知ってたよ~? ゆずくんでしょ~」 「呆れた人ですね。 とりあえず、お互いに何も知らないのではやるもやらないも決まらないでしょうし、しばらくはお試し期間ってことでよろしいですか?」 「あっきーがヤるとかヤらないとか言うと、何かあやし~♪」 「一瀬副会長。 よろしい、ですか?」  一瞬で気温が二度下がった。  名前の呼び方一つでその場が凍りついたように感じたのに、当の一瀬先輩は相変わらずぽややんとした口調で「はいは~い」と受け流している。  返事があればそれでいいのか、会長さんは僕に視線を移した。 「そういうわけで。 高梨くんは生徒会庶務にお試し雇用となります。 主な活動内容は――」  唐突に始まった業務説明に慌てて姿勢を正す。  主な内容は生徒会の備品管理、会議資料のコピー、生徒総会などの会場設営の手伝い、各種告知ポスターの貼り出しや、ベルマークや意見書を設置済みの箱から回収する、などなど。  ほとんどが雑用と誰かの指示のもとで動く仕事ばかりなので、僕にも出来るかもしれないとほっとした。 「と、ここまでは一般的な庶務のお仕事ですね。 まあ、高梨くんに一番お任せしたいお仕事は一瀬副会長のサポートですから、その辺は適当にやっていただければ結構ですよ」  ――はい? 「要するに。 会議にきちんと出席させ、散らかしたお部屋を片付けて頂くだけの誰にでもできる簡単なお仕事です」  怪しい求人広告みたいなキャッチコピーをつけられると、簡単なお仕事がとんでもなく大変なものに聞こえる。 「あっきーのサポートより簡単なお仕事だね~」  ぽややんと笑っているサポート対象を見て一気に不安な気持ちになる。  一般的な庶務のお仕事の方が簡単だったんじゃないだろうか…。
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