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13
「──────────一瀬先輩…」
たっぷり20秒フリーズした後、やっとのことで名前を呟いた。
目立ってる。
とにかく、目立っている。
上級生が一年生の教室に来るだけでも人目をひくのに、相手は生徒会の副会長、有名人だ。
そんな人が突然やってきた上に、普段教室の隅っこで目立たないように過ごしてる僕を大声で呼んだりしたものだから教室中の注目の的になってしまった。
通り道を挟んだ隣の席の男子は――名前は知らないけど、僕と入口も交互にチラチラ見てる。
入口付近の女子――この子の名前も知らないけど、何かソワソワ先輩を見つめてる。
おまけに廊下の向こうでは、相変わらず“プリンス二世”なる通り名が囁かれていて、突然やったきた王子様の今後の動向を窺っているようだ。
そもそもプリンスって何なんだ?
迎えにしても、帰るのにはまだ早いし約束もしていない。
だいたい、百万歩譲って約束があったとしても、大声で呼ぶ必要はあるんだろうか。
いや、ない。
ってことは、これは新手の嫌がらせだな?
僕がそう結論付けるまでおよそ二秒。
隣では瑛士が肩を震わせて笑いを堪えてる。
これ、絶対僕が困ってるのを楽しんでる顔だ…。
とりあえず、このやたらと目立つ人をどこかにやらないと、僕の平穏な高校生活に終止符が打たれてしまう。
目立たずひっそり生きたかったのに、とんだ誤算だ。
人違い説があるなら採用したかったけど、フリーズしていた二十秒の間も考えごをとをしていた二秒の間にも、別の“ゆずくん”さんは現れなかった。
「あ、あのっ! 一瀬副会長っ!! 高梨くんとお知り合いなんですかっ!?」
入口付近でチラチラ見ていた女子が僕の名前を告げている。
“ゆずくん”だけで僕の名字を迷わず呼んだということは、このクラスに僕以外に“ゆず”と付く名前の人がいないということ。
おまけに僕が“高梨柚琉”であることも認識されているということだ。
もう少し目立たないようにしないと――…
「うん。 俺のお気に入り~」
――ザワッ
教室どころか廊下まで震撼した。
「プリンスのお気に入り!?」とあちこちから視線を浴びせられ、目立たないようにしようと決心した瞬間にまさかの大注目だ。
隣では瑛士がついに堪え切れなくなったのか吹き出してる。
「ふはっ! 片付けといてやるから行ってこいよ」
「――笑い事じゃないっ!」
ちょっと借りていっていいかな~、って誰に許可取ってるんだ、そこのぽややんっ!
「一瀬先輩っ」
「あれっ? ゆずくんご機嫌ななめだね~」
慌ててやってきた僕を見て、すぐにご機嫌具合に気付いたらしい。
さすが名探偵。
どうせならもっと早く気付いて頂ければ良かったんですけどね。
「――お迎え、なんですよね?」
迎えの理由も、すぐそこにいる女子の名前も、プリンスの由来すら、もうどうでもいい。
とにかく話題と視線の中心から立ち去りたくて、有無を言わさずに教室を出た。
そして向かった先は生徒会室。
とりあえず落ち着こう、と勝手にお湯を沸かし昨日のお茶を漁って淹れた。
お茶でも飲めば落ち着くかと思ったけど、目の前に不機嫌の元凶がいては治まるものも治まらない。
あの騒ぎよう…、 あの場にいた人は僕の名前を覚えられてしまっただろう。
プリンスのお気に入り、として。
「ゆずくんってば~…」
何度目か分からないが、ご機嫌窺いよろしく名前を呼ばれる。
「知りませんっ。 あんな人目のあるところで…。 信じらんないっ。だいたい、プリンスってなんなんですかっ! ここは日本ですよっ!? ――もう、教室に行けない…」
教室の片隅で誰にも知られずに三年間を過ごし、卒業して数年たった後に卒業アルバムを見たクラスメイトに「こんな子いたっけ?」って言われるのが夢だったのに。
「みんなそんなに気にしてないって~」
「僕が気にするんですっ」
全然焦ってるようには感じられない口調で宥められ続け、そろそろ昼休みも終わりに近付いている。
この後、あの教室に戻ることを考えると憂鬱で仕方がない。
「まぁまぁ~。 それに、ほら~。 良いこともあったし~」
それでも、温かいお茶と時間の経過で少しずつ冷静になってきた。
いくら注目を浴びたからと言って、名前を呼んでちょっとふざけられただけで、これ以上不機嫌で居続けるのも申し訳ない気がする。
普通ならこんなに怒る程のことではない、ということも分かっている。
「――いいことってなんですか?」
それでも僕にとっては大問題であることには違いないので、若干の不貞腐れ感を残しつつ、とりあえず話を進展させる突破口には乗ってみる。
僕の変化に気付いたのか、いつものぽややんっとした掴みどころのない表情が、優しげな微笑みに変わった。
「ゆずくん、普通にお話しできるようになってる」
ぽややん口調でなく嬉しそうな笑顔で言われたのは、僕の想定外の答えだった。
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