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「――失礼、しまーす…」
「あ~。 ゆずくんだ~」
決闘場、元い生徒会室の扉をカラカラと開けながら声を掛けると、中には対戦相手のプリンス二世がいらっしゃった。
「お邪魔します…」
「いらっしゃーい。 そこ座って~、今お茶いれ…」
「僕が淹れます」
何でこの人は出来もしないのにやろうとするんだろうか。
意気込んで来たのに、あっという間に戦意を殺がれてしまう。
「ふふっ。 じゃあ、お願いしま~す」
被せ気味で遮った僕に、一瀬先輩はニコニコと楽しそうにしている。
ミニキッチンの戸棚を覗くと、この間のとは違うお茶が幾つかあった。
というか、誰の趣味だ、というほどの品揃えだ。
先日のは、京都の老舗茶屋の焙じ茶。
それ以外にも、煎茶と玄米茶、凍頂烏龍茶、普洱茶、茉莉花茶、紅茶が数種類と、ハーブティーまである。
茉莉花茶にいたっては工芸茶まであったけど、こんなところで誰が飲むんだろう。
残念なのはこれだけお茶が揃っているのに、茶器が急須と湯飲みしかないことだ。
とりあえず、無難に煎茶にしようとお湯を沸かす。
湯飲みと急須も準備して、お湯が沸くまで待機する。
「先輩」
「はぁい」
「僕、ここでお茶しか淹れてない、です…」
生徒会の日常業務の一つとして、生徒からの相談窓口となるべく、朝・昼・放課後は生徒会室に誰かいることになっている、というのは先日の説明のときに聞いていた。
誰が居るかはローテーションで決まっており、今日の放課後の当番は副会長である一瀬先輩だ。
僕のお仕事は“主に副会長のサポート”と任命されているので、一緒にここに居るわけなんだけど、肝心の副会長様がお仕事をなさっている素振りがない。
つまり、僕には仕事がない。
「ゆずくんのお仕事は俺のサポートだから、お茶汲みも立派なお仕事だよ~。 OLさんみたいなものだね~」
OLはお茶汲みレディではないし、それが仕事ではないと思う。
というか、僕はレディですらないけど。
とりあえず、ちょうどお湯も沸いたので、現在唯一のお仕事であるお茶汲みをすることにした。
しっかり沸騰させたお湯を、一度湯飲みに淹れて温度を下げる。
このひと手間を惜しむと渋くなっちゃうんだよね。
お湯の量も量れるし湯飲みも温まるし一石三鳥だ。
急須に茶葉を入れたら、程よく冷めた湯飲みのお湯をゆっくり急須に注ぎ、そっと蓋をして約1分。
急須の中で茶葉が開いていくのを想像しているこの時間が結構好きだったりする。
急須を数回廻して湯のみにつぎ分ける。
最初と最後では濃さが違うので少しずつつぎ廻し同じ濃さになるようにして。
急須に残らないように、最後の一滴まで丁寧に。
ポタッ、と最後の一滴が湯飲みに落ちる。
「お待たせしました。 どうぞ、です」
「ありがとう~」
良い香りにほっとする。
「ん~~~、美味しい~」
元々ぽややんとしている顔が更にふにゃっとなる。
たった一杯のお茶だけど、こんな風に喜んでくれるなら淹れ甲斐もあるというものだ。
「あっきーも外回りじゃなければ美味しいお茶にありつけたのにね~」
「外回り?」
「そうそう~。 今日は会計くん連れて外回りに行ってるよ~」
何でも、月末から始まるゴールデンウィークの前半に地域活動の一環としてクリーン活動をするらしい。
その打ち合わせで区役所に行ってるのだとか。
案外ちゃんと活動してるんだな。
「一応、生徒会ですからね~。 ちゃんと活動はしてますよ~。 ふふっ」
さっきから時々、口に出してない所から会話が繋がってる。
相変わらず、名探偵の能力が発揮されてるのだろうか。
――便利だからそっとしておこう。
「そのうち会計くんと書記ちゃんにも会えると思うよ~」
「会計くんと、書記ちゃん…」
「そうそう~。 ゆずくんが入れば生徒会メンバーは全部で5人になるんだよ~」
会計くんは会長さんのサポートもしているので日々忙しく駆け回っているらしい。
あの会長さんについて回ってるとなると、副会長のサポートより大変かもしれない、とちょっと思ってしまった。 虐めるの好きって言ってたし…。
書記ちゃんは運動部のマネージャーもやっていて、基本的に会議の時しか来ないんだと教えられた。
僕なんか一つ決めるのですら悩んだのに、二つも所属してる人がいるなんてビックリだ。
「ゆずくん、おかわり~♪」
どうやらお気に召したらしく、ニコニコと湯飲みを差し出された。
湯冷ましなんてものはもちろん無かったので、使用していない湯飲みを代用する。
さっきよりも少し熱めに冷ましたお湯を再び急須へ注ぎ、今度は時間を置かず湯飲みへ。
一杯目と二杯目で違う良さが出るのも日本茶の醍醐味だ。
どうぞ、と再び差し出した時、入口の扉を叩く音がした。
「失礼します。 生徒会って…ここであってますか?」
僕と同じ色のネクタイをした生徒が不安気に顔を覗かせた。
これはもしや…お茶汲みレディ卒業の予感、かな?
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