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 17:48 依頼人=助手Y Part4 「ゆずくん、お茶飲みたいな~」 「――お湯、冷めちゃいましたから少し待っててください」  結局、OLさんと探偵助手は兼任中。  先輩から空の湯呑みを受け取り立ち上がると、窓の外はだいぶ薄暗くなっていた。  夕飯、どうしようかな――。  完全下校まで約一時間。  名探偵ぽややんの推理ショーを聞く時間はまだたっぷりとある。  逆に、夕飯を作るための時間は刻一刻と減っていく。 「何か気がかり~?」  タイミングよく声をかけられ、少し考えたあとに口を開く。  先輩に学校以外のことを話すのは初めてだ。 「夕飯、どうしようかなって…」 「お夕飯? ゆずくんが作るの?」  驚いた顔でこちらをまじまじと見られる。  本気で驚いているのか、若干ぽややん口調ではなくなっている。 「その、つもり…でしたけど、遅くなりそうなのでどうしようかなって」 「ゆずくん、ごはん作れるんだぁ~」  感心したような口調でしみじみと言われて思い出した。  そういえば、家族揃って料理ができないとか言ってたような。 「あれ…? もしかして、前に食べてたお弁当って…」 「――僕が作りました」 「あの唐揚げ?」 「はい」 「お母さんじゃなくて?」 「はい」 「唐揚げって高校生にも作れるんだ…」  普通に作れると思うんだけど。  中学時代の引きこもり期に習得したものだけど。  「ゆずくんはすごいな~」と、しきりに感心する先輩を見ていると日頃の食生活が心配になってしまう。  唐揚げ位のメニューなら、どこの家庭でも手作りで出てくるのではないだろうか。  ポケットから取り出したスマホで、夕飯作りをお願いするためのメッセージを母さんに送る。  このまま結末まで聞かないで帰ったら、本当に夜眠れなくなってしまいそうだ。  淹れなおしたお茶を先輩に手渡し聞く体制を整える。 「先輩、さっきの続き聞かせてください」 「ん~? あ、お茶ありがとう~」  飲み終わる頃には真実がわかるだろうか。  これまでの話の中で依頼人の彼が探していたのは、ただの生徒手帳ではなく、人に見られたくない“何か”がある生徒手帳であることまでわかっている。  それでも、それがどうして体育館にあったの一瀬先輩はどうしてそこにあるのが分かったのかは謎のままだ。  尋常ではない回転力を見せた頭脳の持ち主とは思えないほどぽややんとした空気を醸し出す名探偵。  ゆっくりと一口お茶を啜ったあと、推理ショーが再開された。 「二つ目のヒントは、キーホルダーかな~」 「キーホルダー、ですか?」  キーホルダー?  新しいキーワードだ。  今までの話の中に、キーホルダーは一度も出て来ていない。 「ゆずくん、あの子の鞄覚えてる~?」 「鞄、ですか?」  確か、真新しい鞄を華奢な腕で抱えていた。  彼が歩く度、鞄に付いたキーホルダーの小さな鈴が――… 「ぁ、キーホルダー…」  小さな鈴の付いたキーホルダー。  まるで彼の効果音のようにチリンチリンと、動く度に鳴っていたのを思い出した。 「何のキーホルダーか覚えてる~?」 「――覚えてない、です」  何かのキーホルダーに鈴が付いていた、ということは何となく覚えている。  鈴のキーホルダーではなく“キーホルダーに付いた小さな鈴”と覚えているので何か他にもついていたのだろう。 「ふふっ。 バスケットボールなんだよね~」 「ボール…」  バスケと聞いて依頼人が瑛士と試合をしたらすっ飛ばされてしまいそうだな、なんて失礼なことを思う。  華奢な印象しか残ってないけれど、好きなんだろうか。 人は見かけによらないな。 「バスケをやってるとは限らないし、見るのが好きだったりドラマとかの影響の可能性もあるんだけどね~」 「あ、そうか…」  どちらかと言えばその可能性の方が高そうな気がする。  推理なんて大したことはしていないんだよ~、と苦笑しながらも、先輩は種明かしをしてくれた。  貰ったばかりの生徒手帳を探して欲しいと依頼された時から、ソワソワした雰囲気にワケありかなって思っていたそうだ。  『見付かったら、そこだけ、確認して――…』  例の台詞は念のため。  敢えて言葉を強調して依頼内容を復唱してみせることで、考えが間違っていないことを確信したらしい。 「先輩には、“何か”が何なの解っていたんですか?」 「なんとなくねぇ~。 ゆずくんだったら、人に見られたくないものが入っている手帳を学校でうっかり落としたりすると思う?」  先輩に言われて考えてみる。  手に余る荷物ならともかく、生徒手帳くらい小さければ、置き忘れたりはしないだろう。  落とすリスクの少ない場所、例えばブレザーの内ポケットか鞄の中のポケット。  そんな所に仕舞って、できるだけリスクを下げただろう。  そもそも僕なら見られたくないものは持ってこないけど。  依頼人の彼も、生徒手帳を探すために態々生徒会室までやってきているくらいだ。  僕ほど慎重ではないにしろ、うっかり落とす可能性のあるズボンの後ろポケットなんかに安易に入れたりはしないだろう。  結論、先輩の問いへの答えはノーだ。 「うんうん。 では、何故それを校内で失くしてしまったのでしょうか~」  緩く首を振った僕に次の問題が落とされる。  ――何故?  ブレザーの内ポケットに入れていたなら脱いだ時に落としたとか?  一番可能性が高いのは体育の着替えの時だ。  だけど、僕だったら心配になって着替え終わったあとにちゃんとあるか確認するだろう。  鞄は持っていたからうっかり落とした、とは思えない。  ということは、しっかり仕舞ってあった手帳を態々取り出して、その上で落としたということだ。  それこそ何のために…?  本来の役割である“生徒である証明”を校内でしなければいけないことなんて無いに等しい。  あるとすれば、遅刻をした時に校門で生徒指導の先生にクラスと名前をチェックされる時位だろう。  それ以外――… 「“何か”…を、見るために取り出した…?」 「おぉ~! 流石、名助手ゆずるんくん~!」  先輩、普通助手は推理はしないと思うんですが。
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