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 18:17 依頼人=助手Y Final 「ここから先は単純な連想ゲームだよ~」  推理ショーから推理指導に方針を変えたらしい名探偵が言った。  生徒手帳  人には見られたくない“何か”  でも自分はリスクを冒しても見たくなるもの――  うん、さっぱり分からない。  二秒で諦めた僕に苦笑しながら先輩は答えをくれた。 「好きな人とか~、アイドルの写真~。 手帳に入れてる子って、結構いるでしょ~?」  ――写真?  そう、なの…かな?  言われてみればそんな気もする。  誰にも知られたくないなら写真なんて持ち歩かないのが一番リスクが低いはずなのに、一体何のために持ち歩いているのか。  中学の時、突然背が伸びた瑛士が写真を勝手に撮られたとか、盗撮写真を回されてるとかってイライラしてた時期があった。  今から思うと、あの時の写真は誰かの手帳に挟まれていたのかもしれない。  学園のプリンス様のお写真ならそれ以上に出回っているんじゃないだろうか。 「先輩の写真入れてる人、多そうですよね」 「ふふっ」  あ、否定はしないんだ。  綺麗な顔で肯定も否定もせずに笑った先輩は、心当たりがありすぎるほどあるんだろう。  だからこそ、生徒手帳の見られたくない物が何なのか、すぐに気付いたのかもしれない。 「どうしてみんな、手帳に写真を入れるんでしょうか?」 「そうだねぇ~。 何かのきっかけで、好きな人の写真に癒されたくなることもあるんじゃないのかな~。 少しでも近くに感じたい、とかね~。 ゆずくんはそういうことないの~?」  ――好きな人の写真で癒される?  できるだけ人に関わらないように生きてきた僕には無縁の感情だ。  少しでも近くに感じたい?  そもそも好きな人、って?  家族は好きだ。  瑛士も嫌いではない。  僕の周りに居るそれ以外の人は“知っている人”でしかないから好きも嫌いもない。  でもきっと、そういうのとは違うんだろう。  アイドルには特別興味はない。  好きな映画や小説はある。  演じた俳優さんを称賛する気持ちはあるけれど、その人達がどんな人なのかは知らない。  先輩は不思議。  好きでも嫌いでもないけど、ただ“知っている人”とも少し違う気もする。  好きな人、って――  好きって、どんな気持ちなんだろう…。 「ゆずくん?」 「ぁ…何でもない、です」  思考が彼方に飛んでいた。  強引に引っ張り戻して依頼人に思いを馳せ、想像してみる。  例えばそんな瞬間があったとしたなら。  例えば彼もそうだったとしたなら。  彼はどこで写真を見たのだろうか。 「誰にも見られない場所でひっそりと写真を見てたってことですよね?」 「そうだと思うよ~」  先輩が向かった体育館のギャラリーは確かにそんなところだ。  誰でも入れるけど人は疎らで、誰かが上がって来ればすぐにわかる絶好のお忍びスポット。  彼がそこで大切な誰かの写真を見ていたなら、何故そんな大事なものを失くしてしまったのか。  携帯が鳴って目を離したとか?  それなら、先に手帳を仕舞うよね。  誰かが来たとかだったら?  それこそ、さっさと手帳を隠しただろうし…。  それなら、写真よりも気を取られるような何かがあった…? 「あるいは、とんでもないうっかりさんだったりして…」 「うっかりさん説も捨てがたいけど…。 例えば、写真に写ってる人、本人がいたとかね~」 「本人…」  確かに。  ご本人様登場ともなれば、それは当然慌てるだろう。  思わず手帳も落とすほどに。 「写真を持ち歩くほど好きな人が近くにいたら、そりゃ~見ちゃうよねぇ~」  見とれて、心ここに在らずの状態で、落としたことにも気付かず、その場を離れてしまった。  その感情自体に共感はできなくても、話としては理解できる。 「なるほど…です。 やっと何か繋がったような気がします」 「それはよかった~」 「でも、先輩?」 「うん~?」 「何で体育館だったのかはやっぱり分かりません」  確かに“バスケットボールのキーホルダー”→“バスケ部”→“体育館”と結び付くヒントはキーホルダーだったけど、それは結論が先にあってのことだ。  キーホルダーから体育館に“手帳があること”は連想できない。 「それはそうだろうね~。 何しろキーホルダーがボールだったから、とりあえず体育館に行ってみただけだからね~」 「はい?」 「まさかいきなり見つけちゃうなんてね~」  ビックリだよね~、と笑ってみせる名探偵。  つまり、長々と推理ショーをやって下さった名探偵ぽややんの事件簿の、最後の最後は推理ではなく行き当たりばったりで行動したってことですか? 「だから先に言ったのに~。 推理なんて大したことはしてないよ~、って~」  怒っちゃった? と、決まり悪そうな顔をする先輩。  確かに、大したことしてないとは言っていた。  勝手に探偵だ推理だ、って持ち上げたのも僕で。  でも、先輩ノリノリでしたよね?  ゆずるんくん、なんて言っちゃって探偵ポーズしてみせて。  その結末が、とりあえず行ってみました?  勘で探してみたらありました?  それって、推理ショー部分を全部カットして「直感で行ったらありました」って説明しても良かったのでは? 「ゆずく~ん? 怒らないで~??」  たったそれだけのことだったのに。  1日分の放課後全部使ったのに。  夕飯も作り損ねたのに。  先輩のこと見直しちゃったりもしたのに。    台無しじゃん…。 「――ふふっ。 変な先輩」  あまりにも呆気ない結末と、目の前で慌てている先輩を見ていたら思わず笑ってしまった。 「――わら…ったぁ~」 「…え?」  一瞬の静寂。  慌ててたはずの先輩が、今度はポカンとしてる。  本当に、表情も雰囲気も口調もコロコロ変わる人だ。  ポカンとした表情の理由を問うように首を傾げると、驚き顔をフッと崩して先輩が笑った。 「ううん~。 そろそろ帰ろうか~」  言われて外を見れば薄暗かった空はもう暗い。  まもなく完全下校の時間だ。 「また探偵さんごっこしようね~」  懲りずに誘ってくるのは名探偵と見せかけた迷探偵。  確信を付いてくるくせに根拠は直感という斬新な推理手法。  とっくに飲み終わっていたお茶を片付けながら、この先も一筋縄ではいかないんだろうな、と初めての生徒会業務を振り返って思う。  それでも。  この部屋にまた来るのをなんとなく楽しみにしている僕がいた。 「事件なんて起こらない方がいいんですよ、先輩」  それもそうか~、と妙に楽しげに施錠する先輩を待って生徒会室をあとにした。
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