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 管理棟からHR棟へ渡り昇降口へと降りた時、バスケ部は先に練習を終えていたようで、そこでは宣言通り瑛士が待っていた。  一瀬先輩は鍵を返しに行ったので既に居ない。  渡り廊下の手前で「お友達待ってるでしょ~?」と、本日最後の名推理を披露して去っていったが、本当に何故分かったのか。  今回のは推理なのか当てずっぽうなのか、名探偵が一番謎を生んでいる。  瑛士を待たせているのは事実だったので、職員室へ向かう先輩に鍵はお任せして、一人昇降口へ降りてきた。  瑛士は何かを察したように苦笑して、僕が声を掛ける前に話し出した。 「やっぱり辞めるとか言ったら無理やりバスケ部に連れていこうかと思ってたけど、平気みたいだな」 「平気?」  靴を履き替えながら瑛士に問いかけると、呆れたように溜め息を吐かれた。 「もう忘れたのか。 王子様に会うのが憂鬱だって嘆いてたお姫様は随分舞踏会をお楽みだったようだな?」 「姫ってゆーな」  からかってるだけなのは分かってるけど、男に向かって姫はないだろう。  ムッとした勢いのまま下駄箱の扉をバタンっと音を立てて閉め、瑛士を置いて歩きだす。 「ゆーず。 怒るなってー」  速足で歩いてる僕に大股で歩くだけで余裕で付いてくる。  コンパスの差を見せつけられているようで、更にムッとしてしまう。 「知らないっ! 怒ってないっ!!」  ムキになって速足というより小走りになりながら必死に距離をあけようと足を運ぶが、そもそも現役運動部員に引きこもりに片足を突っ込んだままの僕が敵うはずもない。  校門に着く頃には息が上がり足が止まってしまう。  最後には余裕綽々で追い越した瑛士が呆れながら待っている始末。 「お前、体力なさすぎだろ」 「うるっ…うるさっ…ハァ…いっ…ハァ…」  たったこれだけの距離で疲れるとか、運動部と引きこもりという以前に本当に体力が無さすぎる。  膝に手を付いて息を整えていると、フッと肩から重さがなくなった。 「ほら、行くぞ」  僕の鞄もまとめて肩に掛けた瑛士が呼ぶ。  もうこのまま家まで持ってもらえばいいや。  今日一日散々僕をからかった罰だ。  大きく一つ息を吐いて前を向くと、それを見て瑛士も歩き出す。  住宅街に等間隔に佇む電柱には既に明かりが灯っていて、進む度に真っ黒と白の地面が交互にやってくる。 「…ねぇ、バスケ部、何時に終わったの?」 「ん? 六時」  一時間も待ってたんじゃん。 「――ごめん」 「何が? あぁ、待たせたから?」 「うん。 先、帰ってても良かったのに」  急に申し訳なくなり下を向いたら、大きな手が追いかけてきた。 「バーカ。 待っててやるって言っただろ」  ぐいっと上を向くように力をかけられ、いつものようにぐしゃぐしゃと撫でられた。 「でも…」 「俺がいいって言ってんだからいいんだよ」  こんな時、瑛士の俺様ぶりは本当は優しさなんじゃないかと思う。  俺様のくせに嫌いになれないのも、横暴に見えるのに居心地がいいと感じるのも、幼馴染であるから以前にこんな優しさが垣間見えるからかもしれない。 「で? 舞踏会どうだったんだよ?」  だから、舞踏会には行ってない。  せっかく誉めたのに台無しだ。  本人に向かっては絶対に誉めたりしないけどさ。 「ん~…先輩、変な人だった」 「ふぅん? でも楽しかったんだ?」 「楽しかった、のかなぁ?」 「疑問系かよ。 何したんだ?」 「何、っていうか…うんと…一瀬先輩、名探偵みたいでね、それで…――」  振り返って瑛士に今日の出来事を語って聞かせる。  面白い推理小説を読み終えた時のように。  新しい玩具に興奮する子供のように。  結局、完全なる推理が展開されていたわけではなかったけれど。  推理小説の登場人物になったような気分だった。  ふと気付いたら、瑛士に苦笑いで見られていた。 「――何?」 「いや? それで、生徒手帳はあったのかよ?」  腑に落ちない所を感じながらも、聞いてほしいことの続きを促されれば話さずには居られない。  昇降口に行くまでの出来事を一通り話し終える頃には家の明かりが見える所まで来ていて、その間瑛士は軽く相槌をうちながら辿々しく続ける僕の話を聞き続けてくれた。 「副会長、色んな意味ですげーな」 「そうだよね。 僕もビックリした」 「あー、色んな、の意味がちげえけどまぁいいや」 「意味?」 「いや。 そんじゃ、今日は真っ直ぐ帰るわ」  そうか、今日は夕飯作ってないもんな。  手渡された鞄を受け取りながらも、毎日のように一緒に食べていたので何となく落ち着かない。 「今日は母さん帰ってるんだよ」 「あ、おばさん出張から帰ったの?」 「そ。 だからまた明日な?」  じゃあな、と門を開ける後ろ姿を見送りながら、ふと思い付いて呼び止める。 「瑛士」  玄関のドアに伸ばした手を止めて、「ん?」といつもの様に言葉少なに先を促される。 「明日、お弁当作る」 「おう。 肉入れろよ?」  いつもと同じリクエスト。  ちょっとしたお礼のつもりだったから、頭の中で冷蔵庫を開けながら瑛士の好きそうな肉料理を検討していく。  春キャベツと豚肉があったことを思い出したところでイメージが固まった。 「じゃあ、また明日」 「ん。 気を付けて帰れよ」 「すぐ隣だよ」  頭の中は明日のお弁当でいっぱい。  バイバイ、と手を振り隣の我が家へ向かった。  そういえば、家族揃って料理が苦手だと言っていた一瀬先輩。  いつもごはんはどうしてるんだろうか。  お茶一杯すらまともに入れられなかった姿を思い出し、名探偵姿とのギャップに笑いが込み上げる。 「変な先輩――」  ふふっと笑いながら、家のドアを開けた。
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