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「ただいま。 おばさん、俺も夕飯食ってっていい?」  いいもなにも、食べる気満々で自分の分の材料も買ってきたくせに良く言う。  “UEHARA”とアルファベットで書かれた洒落た表札の家を素通りし、隣にある“高梨(たかなし)”の表札のかかった扉を僕よりも先に開けた瑛士。  玄関から中に向かって声をかけた傍若無人の俺様は、結局荷物は運んでくれたし、今も扉を抑えながら「先に入れ」と促してくる。  まるで小さな子供か弟に対する扱いだ。  ほんのちょっと身長差はあるけれど瑛士とは同い年だ。  ジトっと見上げながら中に入ると、ちょうど奥から母さんが出て来るところだった。 「あらあら。 二人ともおかえりなさい。 瑛ちゃん、ゆっくりしていってね」  十五年もお隣さんをやっていると、どちらかの親が居ない時には相手の家で夕飯を食べる、というのがもはや暗黙の了解となっている。  今日も深く追及されることなく了承を得た瑛士は、玄関を閉めて勝手知ったる我が家へと上がり込んだ。 「やった。 おばさん、ありがと」  暗黙の了解の仲にも関わらず、毎回きちんとお伺いをたててお礼を言う律儀さ。  普段はあまり笑わないくせに、こんな時だけはにっこり笑顔まで付いている。  こういう事がそつなくできるところが瑛士のすごいところなんだよな。 「柚琉(ゆずる)、 学校楽しかった?」  瑛士に続いて上がった僕に、母さんが聞いてくる。 「別に、普通だよ」 「そう。 お友達はできた?」  できてない。  そもそも、作ろうとしていないのは母さんも知っている。 「そう。 今日の夕飯は何かしら?」  黙ってしまった僕に一瞬困ったように笑い、それ以上は何も言わず話題を変えてくれる。  心配してくれてるのはわかるけど、あまり好きではない話題から話が逸れたことにほっとした。 「唐揚げ。 瑛士が決めた」 「あら素敵。 柚琉の唐揚げ好きよ。 よろしくね」 「うん」  スーパーで買ってきた荷物は瑛士と母さんに任せ、先に着替えるべく二階へ続く階段を上がり自室へ行く。  郊外の住宅地にある庭付き一戸建て。  そのニ階の東側が僕の部屋だ。  ちなみに瑛士の部屋は窓を開けた目の前にある。  「玄関まで行くのが面倒だ」とそこからやって来ようとした、当時小学生の瑛士を必死で止めたことがある――位の絶妙な距離感でふたつの家は建っている。  正直僕なら今でも躊躇する距離だけど。  備え付けのクローゼットを開けて、一番手前にあるクリーム色の服を手に取る。  オーバーサイズの薄手のトレーナーは膝くらいまですっぽり包まれるためまだ肌寒い日もあるこの季節にはちょうど良い。  引き出しを開け一番上に乗っていたスキニーデニムに履き替え、着ていた制服は丁寧にハンガーに掛けて部屋を出る。  リビングのソファでは瑛士が一人でスマホをいじっていて、僕が戻ったのに気付くとチラッと顔を上げた。 「──荷物、冷蔵庫にしまったぞ」 「ありがとう。 母さんは?」 「洗濯物片付けたら風呂掃除するって言ってた」 「そっか」  一応とはいえ、客人に買い物の片付けを任せて家事に勤しんでいるらしい。  我が母親ながらマイペースだ。 「お前、その服またおばさんが買ってきたのか?」 「えっ? そう、じゃないかな?」  人混みも買い物も苦手な僕が服を買いに行くことはまずない。  クローゼットにある服はほとんどが母さんが買ってきたもので、たまに父さんが買ってきたものが紛れていたりもする。  特に気にしてなかったけど、誰が買ってきたのか確認するほど変な格好だっただろうかと自分を見下ろして見ても特別おかしな所は見当たらない。  ――どこにでもある普通の服だ。 「…ふーん。 柚、俺腹減った」  自分から聞いてきたくせに、僕には処世術を駆使した気遣いをしてくれる気はないらしい。
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