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7
「――何があった」
屋上の扉が完全に閉まるのを待って、瑛士が口を開く。
「なん…」
「何でもないことないだろ」
最後まで言う前に思いっきり被せられた。
何が、と言われても特別なことは何もなかったとしか言えない。
ただ――
「――目が…あった」
そう、本当にたったそれだけのこと。
発した声は尻すぼみに小さくなり、最後は聞き取れるかどうかわからない程小さく弱々しい声になってしまった。
自分でも分かっている。
本当に、何もなかったのだ。
「他には?」
だけど瑛士はそこについては何も言わない。
「だから何だ」とも「それだけなのか」とも。
普通なら言われるであろう台詞の数々は封印して、ただ本当に心配してくれているのだ。
――瑛士は、知っているから。
「何もない、よ」
「――本当に? 大丈夫なんだな?」
瑛士から「隠し事はするな」という強い視線を感じる。
これで最後だぞと念押しするように聞かれ、僕もはっきりと頷いて返す。
「平気だよ。 心配かけて、ごめん」
素直に謝ると、しばらく経って盛大な溜め息を吐かれた。
ドカッと地べたに胡座をかいて座り込み、脱力したのか項垂れる姿を見て本当にに申し訳なくなる。
だが一瞬の後、ギロりと睨む瑛士の言葉でそんな気持ちも吹っ飛んでしまう。
「はぁ…。 お前、そのビビり癖治んねーうちは一人で出歩くな。 こっちの心臓が持たねーよ」
「なっ…!! 癖じゃないっ!!」
心配してくれてるのは分かってるけど、俺様が過ぎる。
ビビり癖ってなんだ、ビビり癖って! 僕が怖がりみたいじゃないか。
だいたい高校生にもなって一人で出歩くなとはさすがに無理がある。
ムッとして言い返したら、更なる暴言になって返ってきた。
「もう癖でいいだろ。 そろそろ治せ。 高校デビューしろ、高校デビュー」
「やだよっ! どうせまた部活入れって言うんでしょ? 無理っ!」
「そんだけ元気がありゃできんだろ。 足おせーけど」
一言余計だ。
足が遅いと思ってるなら、速さが必要なバスケ部になんて誘わなければいいのに。
だいたい瑛士が言う程遅くない。
「柚が居たら三年間楽しいだろうな、って思ったんだよ」
「僕で遊ぶのが、でしょっ!」
「まぁ、否定はしない」
「もぉーーーっ!! 瑛士嫌いっ!!」
「――ふはっ!」
嫌いって言ったのに笑われた。
珍しく全開の笑顔で笑う瑛士。
それでは否定しない、ではなくて肯定してるも同然だ。
釈然としない気持ちで、もう絶対にバスケ部には入らないと誓いを立てる。
「悪い。 拗ねるなよ」
「――別に拗ねてない」
そっぽ向いて応えたらいつもより低い声が出た。
これでは拗ねてるって言ってるみたいだ。
「悪かったって。 柚ちゃん、機嫌直して?」
「機嫌悪くないし。 ちゃんって呼ぶなっ」
「悪かったって、な?」
瑛士には珍しく機嫌をとるような声音で下手に出て謝ってくる。
クスクス笑いながらなのが気に食わないけど、俺様が一体どんな顔でご機嫌取りをしてるのかが気になって仕方なく元の位置に向き直る。
「本当に、何もなくて良かったよ」
そこに居たのは俺様なんかじゃなく幼馴染の優しい笑顔で、伸ばされた大きな手が僕の嫌いな髪をくしゃっと撫でた。
口悪く言われた言葉も、煽るような態度も、その全てが僕のためだったんだと、ここに来てやっと気が付いた。
本当に、俺様の優しさは分かりにくい――。
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