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「柚、帰ろう」  満開だった桜も散り始め、この春入学した高校に通うのもそろそろ慣れてきたとある放課後。  僕の唯一の友人であり幼馴染でもある、上原瑛士(うえはらえいし)に声を掛けられほんの少しだけ声の方を向いた。 「うん」  まだ一週間しかたっていないというのに上手いこと着崩された制服は、ギリギリ生徒指導の先生に注意されないラインが守られている。  何でもない服装でも自分らしさを演出できるのは長い手足と高い身長のなせる技なのか流石だ。  校則通りに着こなし、自分らしさの欠片もない僕とは大違い。 「部活、決めたか?」  鞄を持って立ち上がると、頭ひとつ上から声を掛けられた。 「…まだ」 「1回くらい見学に行かないか?」  瑛士が誘っているのはバスケ部だ。  小学生の頃からバスケ少年だった瑛士は、中学で部活にも入らず三年間帰宅部として過ごした僕を引きこもり扱いして、高校デビューなるものをさせようとしている。  授業が終わってまっすぐ家に帰る毎日は、僕にとっては平穏無事でとても良い日々だったのに、毎日部活動に精を出しチームメイトと切磋琢磨してきた瑛士にしてみれば引きこもりと変わらないらしい。  高校三年間を同じように過ごさせる訳にはいかないと、二人揃って合格が決まった日から毎日のように勧誘され続けてている。  高校では授業以外のこともしよう。  部活なら一緒にできる。  バスケが嫌なら他の部活でもいい。  なんならバイトだっていいぞ、と。  だから次に言われるセリフもいつも通りだ。 「「マネージャーでもいいからバスケ部にこいよ」」  同じタイミングで声を揃えたら、いつもより少しだけ開かれた黒い目に見つめられた。 「わかってるなら付き合えよ」 「わかってるけど、僕なんかがいても迷惑なだけだよ」 「俺は迷惑じゃない」  瑛士が良くても周りが困るだろう。  ただでさえ人付き合いが苦手なのに、バスケの知識もマネージャーの知識もない僕が行っても完全に足手まといだ。 「その俺様な言動、少しは控えないと先輩に嫌われちゃうよ?」 「そしたらその時考える」  返ってくるセリフまで尊大だけど、きっとそんな時はやってこなくて、何だかんだと上手くやるんだろう。  俺様な言動が目立つ割に、過去に大きなトラブルがないところを見ると処世術にも長けているらしい。  神様は時々すごく不公平だ。 「とにかく。 一度見に行こう」  廊下に出るタイミングでまた誘われる。  ――まだ諦めていなかったのか。   「今日はダメ。 夕飯作る約束しちゃったし、心の準備ができてないから」 「心の準備なんか2秒でできるだろうが」  俺様がまた何か言っている。  しばらくの沈黙の後、諦めたようにため息を吐きながらまたいつもの台詞がやってくる。 「…わかった。 明日な? 明日こそ付き合えよ?」 「――心の準備ができたらね」  生憎僕の心の準備は、2秒どころか合格発表から2ヶ月以上たった今も全く進んでいない。  正しくは、進めていないんだけど。  そんな事はお見通しなんだよと、ジト目を寄越してくる瑛士を追って昇降口へと向かう。  途中何気なく視線を向けた掲示板に、所狭しと貼られている部活動勧誘のポスターたち。  野球、サッカー、バスケに卓球とテニス。  陸上、水泳、体操競技に新体操、柔道、剣道、弓道まである。  なかなかスポーツが盛んな学校らしい。  科学部、パソコン部、放送部に新聞部。  家庭科部と吹奏楽に合唱部、漫研に映研とオカルト研究会?  何でもありだな、この学校。  各種部活のマネージャーやら生徒会役員募集のポスターまで貼り出されている。  けれど山の様な勧誘を前にしても特別心惹かれるものもなく、あっさりと目を離して帰路に就く。  やっぱり集団行動なんて僕には無理だ。 「スーパー、寄ってもいい?」 「ああ。 荷物は持ってやるから俺の分も作れよ」  優しいんだか俺様なんだかわからない言い方。 「荷物くらい自分で持てるよ。 おばさん、今日も仕事なの?」 「そう。 だから夕飯は唐揚げな」  何が「だから」なのかはわからないけれど、今日の夕飯は唐揚げに決まった。
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