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彼が思い描いていた想像といま目にしている現実には、どれほどの差があったのだろう。ようやく見回すのをやめたかとおもいきや、今度はまるで新しい玩具を手にした子供のような表情を浮かべ、部屋の中を縦横無尽に歩き回り始めた。
「けっこうシンプルなんだね。なんていうか映画に出てくるようなモーテル? だっけ……あんなのを想像してたけど。シーリングファンはあるんだ? 冷蔵庫、意外にちっちゃい……安い旅館みたい。これ中の飲み物って有料? あ、ちゃんとケースに値段書いてあるんだ。えっと……こっちのスイッチは? おぉ、ライトも変色調光するんだ……イルミネーションとかこんな感じだよねぇ。リモコンない代わりにスイッチポンは楽……なのかな。んー……ほかには――」
好奇心と探究心が勝っている月冴は、年端もいかない、まるで本当の子供のようで可愛らしくさえあるし、無防備にはしゃぐ姿をもうしばらく眺めていてもいいかもしれないと、そんな風にも思うのだが。
このままでは特になにかすることもなく退出時間になってしまうだろう。
それはそれで、惜しい気もした。もとよりそういうことをするつもりで月冴をこの場へ引き込んだのだから。
「……あのさ、月冴」
テーブルの上に置かれたテレビリモコンに手を伸ばそうとした彼の手をしっかりと捉える。突然のことに目を丸く開いた月冴がこちらを見た。
「物珍しいのは、わかったから──」
〝俺を見て〟──言葉こそ飲み込んだが、自分でも呆れるくらいの露骨な態度に己の表情が引くのがわかる。
好きで心を赦している相手の前だからこそ、精神的に幼くなってしまうのだろうか。我ながら面倒くさい性格だ。
「その……もういい? 室内見学、は」
口に出してしまってから異常なまでの羞恥心に見舞われた。
月冴に対して行為を誘いかけるのは、これが初めてというわけではない。
なにせ最初が〝ひと癖もふた癖もあった〟ので、きちんと想いを伝えたあとは慎重にしているつもりでいる。
その場の雰囲気であったりじゃれ合いの延長であったりはすれど、自然な流れで及ぶことができていた。が、それを素面の状態で、且つ改まってとなると、恥ずかしさが矢面に立つ。
高鳴る鼓動、心なしか体温が上がってきた気もする。冷静になれといくら己に呼びかけてみても、肩にまで変な力が入るしで始末に負えない。
緊張している──彼を前にして。
「──ッ、あ……、その……」
こういう感情は容易く伝染するものだ。得も言われぬ表情をした俺の緊張を感じ取った月冴の表情が僅かに強張り、その頬はみるみるうちに、例えるならそう──林檎のように赤色へと染まっていった。彼に触れている指先が熱を宿して温かくなる。
もともと敏い彼のことだから、言葉に忍ばせた意図など、瞬時に読み取ってしまったに違いない。お互いを包む、羞恥心という一つの渦。
「……終電前にはちゃんと、帰すから」
やっとの思いでそれだけ告げると、掴んだままでいた月冴の細い腕を引いて、自らの胸の中へとそのしなやかな身体を収めたのだった。
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