CASE⑩ その感情の名前

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CASE⑩ その感情の名前

 最近──尚斗がクラスメイトと話をすることが増えた。  それ自体は悪いことだと思わない。  寧ろ、〝本ばかり読んで近寄り難い雰囲気を醸し出していた頃と違って、角が取れて丸くなった〟ってもっぱらの評判なんだもの。  恋人の評判が上がるのは、素直に嬉しいと思う。そう……おもうのに。  あ──また声かけられてる。  尚斗はとても目を惹く容姿をしている。  少し長めの襟足、日焼けしてない白い肌、薄く整った唇。  同性から見ても、素直に〝綺麗だ〟って感心してしまう、そんな容姿だ。  目元がほころぶ。ゆったりと揺れる鶸萌黄色の瞳が、相手のリアクションを捉えて緩やかにカーブを描く。少しだけ上がった口元。  何を話してるかまでは席が離れていて聞こえないからわからない。  でも、尚斗の表情を見てる限りじゃ、くだらない話をしてるんだろう。男子高校生らしい、歳相応の、他愛もない世間話。 「〝柔らかくなったよなー、尚斗の表情。でもそんな顔見せるのは俺の前だけでいいのに〟──って感じかな?」 「……びっ……くりしたぁ」  びくりと肩震わせた俺の口から零れ落ちたのはそんな言葉で。いつ来たのかいつの間にか真横に委員長が立ってた。  委員長は人の機微に敏い。口に出していないことでも、こうやってすぐ言い当てちゃう。俺ってそんなわかりやすいかな。 「人の心読まないでくれる?」 「あれ? 当たりだった? でもほんと、姫乃井は話しやすくなったよね。豪快にとは言わないけど、少しは笑うようになったし」 「……まぁ、ねぇ」 「曇狼は嫌?」 「えっ……?」 「姫乃井が、他のクラスメイトと話すの」  嫌かどうかなんて──そんな答えを選びようもない質問をするなんて。今日の委員長は少しいじわるだ。  俺の答えは決まっている。でもそれを口にしたら、それは俺の……。 「あのさ。俺がなんて答えるかわかってて聞いてるでしょ?」 「いや? 曇狼はさ、言わないから。だから、僕が考えてることと、同じかはわからない。でも、本人には言っても良いんじゃない?」 「そっ……簡単に言うよなぁ」  閉鎖的な人付き合いをしてきた尚斗にこそ、友人は必要だと思うわけで。  でも、俺のことも気にかけてほしい。自分の気持ちに正直になってみたら、見えなかったものが見えてくる。  いや、とっくに俺は気づいてた。見えてた。  でも気づかないフリを、見ないフリをしてた。だって、それはあまりにも。  あまりにも幼稚な──〝独占欲〟だから。
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