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ねぇ、そんな顔──俺以外のヤツに見せないで。
気づいてしまうかもしれないから。
とても美しい人なんだって。とても心地よい声色なんだって。
優しい空気を纏ってる人なんだってことに。
そんなの──俺以外のヤツは……〝知らなくていい〟
「……月冴」
「──……ッ、」
ハッとして顔を上げると、ゆったりと揺れる瞳と視線が交わる。
さっきまで、向こうの席で数人のクラスメイトに囲まれて話していたはずの尚斗が、目の前にいた。
「悪ぃ委員長、ちょっと席外してくんねぇか?」
「うん、いいよ。じゃあね、曇狼」
ヒラヒラ手を振った委員長は、自分の席に戻ってった。尚斗がこんな風に人払いみたいなことをするのは珍しい。
「どうしたの?」
「いや……あー、えーっと……」
ちょっと困ったような顔で視線を彷徨わせて。落ち着きなく両手を擦り合わせて、そっから腰に手を当ててみたりして。
「尚斗?」
「あの、さ……委員長は、ダメ」
「え?」
「いいヤツだから。俺よりまともだし、ちゃんとしてるし。その……あんま仲良くされると、心配になる。お前が、俺より委員長を選ぶんじゃないか、って」
俯き加減の尚斗の口から、ぽつりぽつりと零れてくる、言葉の粒。
「なに言ってんだよ、そんなことするわけないじゃん?」
「人に胸張れるほどの生き方してきてないからさ。……月冴にも、委員長にも〝そんな気ない〟ってわかってても。──……ゴメンな、もっと器のデカイ男ならよかったんだろうけど」
その感情の名前を、よく知っている。それはさっき、俺が尚斗に抱いたものと同じものだから。
「な、お……」
目の前に影ができて──俺の声は最後まで音になることなく、尚斗の唇で塞がれた。
突然のことに驚いて思わず目を見張ったら、すぐそばに尚斗の顔があって。ぴったりとくっついた瞼の先の細い睫毛がキラキラ輝いて見えた。
俺に押し当てられた乾いてカサついた唇──せっかく綺麗な形してるのに勿体無い……あとでリップクリーム塗ってあげなきゃ。
「……好きだよ」
ゆっくり顔を離しながら、ちょっと上目遣いで、ほんの少しだけ不満そうに。言葉にも、俺を見る表情にも、普段の尚斗からは想像もつかないくらい──〝独占欲〟が滲んでいて。
心の奥底から湧き立つ感情が、俺の全身を駆け巡る。
「知ってるよ」
はにかんだような笑いを浮かべた俺が、堪らず声にしたのは──そんな言葉だった。
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