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人生経験がそれなりにあり、もとより飄々とした性格の倭斗相手に優勢でいられたことなど、ベッドの上ぐらいしか自覚できるものはない。売店で買ったとおぼしき棒状の菓子を開封し一本口に咥えた龍之介が、クスリと小さく笑い声をこぼして頬杖をついた。
「着崩さない人だし屈まないかぎりは正面から見えないだろうけど、先生より背の高い人からだったら確実に見える位置だよね、首筋って。先生さー、なんてことない感じでヘラッとしてたけど〝嬉し恥ずかし〟ってヤツ? けっこう動揺してたよ? 耳たぶほんのり赤くしちゃって可愛かったなー。朔だから許してる感じもあるんだろうねぇ」
拒絶され続けてきた自分にとって、己のすべてを受け止めて受け入れてもらうことはこの上ない至福だ。感情にしろ行為にしろ。だからこそ盲目になりすぎていると他人からは見られるのだろう。
ただ、この場合は倭斗と自分、お互い様だ。
龍之介が指摘するように、倭斗も大概自分に対して盲目なのだ。
「そういや……今日の会場遠いから電車乗るって……」
「先生、電車では断固として座らないんだろうなぁ」
「………………」
「知ってる? 首筋にキスマークつける男って独占欲が強いんだって」
「……意識したことねぇ」
「だよねぇ。朔の欠点らしい欠点って、先生のことになると後先考えないところだよね。まっ、先生がなにも言わないなら大丈夫だと思うけど」
ふぅ、と微かな溜息を零した龍之介は再び菓子に手を伸ばし、なに食わぬ顔で食べ始める。
つられるように自分も手元の弁当に箸を伸ばしたが、心の中にズシリと龍之介の言葉が居座った。
好きな人に対して後先考えずに行動してしまうところが欠点だと指摘されるのは、なかなかのボディブローかもしれない。
モヤモヤとしながら黙々と弁当を口に運んでいると龍之介がポツリと一言。
「キスマークって、なかなか消えないんだよねぇ」
サクサクと菓子が口の中で砕ける軽快な音とは裏腹なダメ押しとも取れる龍之介の発言に、思わず舌を噛んだのはここだけの話。
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