CASE③ 年の瀬、君とふたり

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CASE③ 年の瀬、君とふたり

『初詣に行かない?』  そんなメッセージが届いたのは大晦日もあと一時間もすれば終わろうか、という頃合いだった。  適当な時間に少量の蕎麦を食べ、自室に引き篭もり相も変わらず本の虫で一年を締めくくろうとしていた俺のことを、間近にいて見ていたかのようなタイミングの良さに思わず感嘆を吐き出す。待ち合わせ場所を決め身支度を整えて家を出るとヒュウ、と冷たい風が頬を撫でた。  しっかりと着込んだつもりが思わぬ寒さに身震いし、背中を丸めるようにして深々と耽る夜道を歩く。  待ち合わせ場所に近づくにつれ人も多くなり、無事に辿り着けるのか自信がなくなってきた頃、ようやく月冴の姿を捉えることができた。  見慣れたはずの金糸雀(かなりあ)色の髪──見れば安心するのは俺にとって彼が特別な存在だから。触れたいと逸るのはきっと──好きだから。 「ごめん、待たせた」──そんな風に言いながら躊躇いもせず月冴の華奢な手をとり、自らの上着のポケットに押し込んだ。その瞬間、瑠璃色の瞳が丸く見開かれる。  手を出してしまってからのことを考えないのは今に始まったことでないにしろ、正式に付き合いだして半年以上過ぎている。いい加減こういう態度も改めなければいけない。が、長年の癖がそう簡単に治るわけがないのである。  そのまま月冴の手を引いて移動しながらどうにか境内へ向かって伸びている列を見つけると、その最後尾に収まるように並んだ。    参拝客の喧騒──そんな中自分達の間に流れるのは沈黙だ。月冴は手を引き解くことなく、特になにを言うわけでもなく口をつぐんでいる。横目でちらりと伺えば、緩く開いた口元から吐き出される息が白く染まり宙へ昇り、冷えた空気に晒された頬は煌々と輝く照明の下で薄桜色に染められて。  彼の美しさに、思わず息を飲む。 「尚斗? どうかした?」  「──、いや。なんでもない」  ポツリとこぼしてポケットに仕舞い込んだ月冴の手をそっと指先で辿ってから握り直す。    境内への列はまだまだ進まず、自分達が初詣できるまでにはしばらくかかりそうだ。  風邪を引く前に家に帰りたい──そんなことを思いつつも、見目麗しい恋人と手を繋いだままでいるのも悪くないと──心の中で密かに思った。
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