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倭斗の人柄を考えれば、こういったものを渡される対象になるのは至極当たり前だし、彼自身が人からの好意を無碍にできない性格であることも理解しているから、とやかく言うつもりもない。それなのになぜか、ちくりと心の奥がなにかにつつかれたように痛んだ。登校前に買った物の存在を思い出すと、痛んだ心の奥がもう一度ちくりと痛む。
本来なら比べるものでもないだろう。大事なのは相手を思う気持ちであって値段じゃない。けれど、目の前の事務机にある物は、自分が選んできた物より遥かに上等そうな代物で。得も言われぬ感情が全身を駆け巡る。
「……よかったじゃねぇか」
中身を飲み干したマグカップをシンクに置けば、心にもない言葉が自分の口からこぼれ出た。定位置に着席するとスクールバッグを机上に置いてその上から突っ伏す。
龍之介の言う通りになぞしなければよかった──しなければ……こんな惨めな思いをすることもなかったはずなのに。
〝お前とこの人は釣り合わない〟──この場に居もしない見えもしない相手に、そう言われているような気がして。
不貞腐れたまま微動だにしないでいると、少しだけ周りの空気が掻き混ぜられたような気配がすると同時に、髪を掬われ指先で遊ばれる。
不意打ちで訪れる近すぎる距離に内心打ち震えるのはこれで何度目になるだろうか。
「そうや、秋月」
「……なんだよ」
「ハッピーバレンタイン」
カサ、と無機質な音が頭上で聞こえたかと思えば僅かな重みが頭にかかる。
のろのろと腕を伸ばして指先で探るように頭の上に置かれたものを掴み取り目の前に翳す。
見覚えのあるパッケージに思わず目を見張る──それは今朝、自分が倭斗に宛てて買ってきたコンビニ限定の小袋菓子と全く同じ物だった。
倭斗の方を見ると、口元を緩ませていつものようにへらりと笑いながら、
「好きなヤツにあげてええ日なんやろ? 秋月に似てるな思うてな」
そんな風に言うものだから。
唖然として──そうしたらだんだん不貞腐れて落ち込んでいるのがバカバカしく思えてきて。堪らず苦笑する。
「……っ、──ったく、誰がパンダだよ。アンタにこそお似合いだぜ?」
バッグの中に眠らせていたそれを取り出すと倭斗の方へ向かって、ぐい、と押し付ける。
「やるよ……好きなヤツに……渡す日なんだろ?」
こんな展開になろうとは予想もつかなかったから、やっぱり視線を逸らせてしまうのは仕方ない。
心の中がざわざわとしてむず痒くて落ち着かないのを気づかれないように平静を装う。自分が渡したものと同じ物を押し付けられた倭斗は、一瞬きょとんとした顔をしたものの、すぐさま先ほどのようにへらりと笑って、
「おおきに」
と、一言告げた。
そんな彼の頬がほんのりと赤らんで見えたのはきっと──気のせいじゃない。
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