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「あの……、その……重ね重ねありがとうござーー」
「敬語は要らない」
御礼を言いかけた私は、遮られた言葉に驚いてカレの顔を見上げると、カレは私の顔を見て「あーー……、そうじゃなくて……」と、何故かもどかしそうに言い、コートのポケットに両手を突っ込んだ。
そして、グィッと受験票を持っていない方の私の手を掴んで、その掌に淡い半透明の緑色をした何か筒状のモノを無造作に乗せたのだ。
(……は?……な、何……コレ……)
私の掌の上で、プラスチックの容器がころころと転がっていた。
「……ら、ラムネ?」
お菓子メーカーで有名な某ブランドの『ラムネ』が、未開封のまま、2本ころころと私の掌の上で転がっていたのだ。
「……ここの『ラムネ』って90%はブドウ糖で出来てるらしい。ブドウ糖は疲労した脳に良く効くって聞いたから。君の場合、別に今、使い過ぎて疲れた訳じゃないけど、どう見ても、完全にパニックになってるみたいだし。それって、脳がバグ起こして、想像以上に疲れ果ててるんじゃないかなと思って。……ま、気休め程度だとは思うけど無いよりはマシかと。……精神安定剤だと思ったら?ラムネなら、口の中で直ぐに溶けるし、いざとなったら噛めるし。休憩時間に口に含んでも、試験開始前に口の中に残って、食べきれないって焦ることも無いから」
淡々とした様子で、カレはラムネをくれた理由を理路整然と話す。
私は掌に乗った『ラムネ』を眺めた。
「……」
今日一日だけでも、これから何科目もの試験を何時間も受けるのだ。
カレはカレ自身の脳の疲労回復の為に持ってきたものに違いない。
そんな貴重なモノを貰っても良いのかと思い、尋ね返した。
「……あの……、あなたの分は?」
「沢山持ってきてるから問題ない」
相変わらず抑揚のない調子で感情を表に出さずに話すカレだったが、何だか私はカレに少しだけ安心感を抱き始める。
「……コレ、ほんまに貰ってもええん?……その……2本も、やけど……」
「いいよ」
自分の気持ちが少し落ち着いたせいか、カレの返事が凄く柔らかく感じられた。
そんな返事を聞いたからだろうか。
ころころと掌の上で転がる2本のラムネの容器を見ていたら、何だか可笑しくなってきた。
(……私に『ラムネ』2本もくれはった上に『まだ沢山ある』って……。このヒト、一体どれだけ、この試験の合間に『ラムネ』食べる気やったん……?)
そんなことを考えていると、思わずくすくすと笑いが漏れた。
「……何か変なコト、考えてる?」
頭上からカレの声が聞こえる。
「ご、ごめんなさいっ!!」
図星だった私は慌てて謝り頭を下げた。
――――謝罪してしまった私は阿呆だ。
これでは肯定してるも同然ではないか。
こんなにも傍迷惑な私の迷惑を迷惑と言わずに、色々と世話を焼いてくれた親切で優しいカレに、何という態度を取ってしまったのか、と蒼褪めそうになった瞬間――――。
耳を疑う台詞が頭上から聞こえてきた。
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