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※
五年生になっても僕と芳樹君の"秘密基地”わりませんでした。
放課後のチャイムが鳴ると同時に、二人で学校を飛び出して、空き地や河川敷を探索しました。でも、基地と呼ぶには貧相な造りのものしか見つけられませんでした。
芳樹君の叔父さんが、この家で耳寄りな情報を教えてくれたのは、八月ニ日の昼二時ごろでした。
「ほら国道沿いにあるだろ? ひろーい砂利場がさ。あそこに行ってみなよ」
そう言って叔父さんは豪快に麦茶を飲み干しました。
「砂利場って……」
「あそこだよヨッチャン、藤小の近くの。こないだ俺らのこと自転車で追いかけてきた奴いるじゃん。そいつの家がそこの近くの細い道んとこで売店やってんだよ」
「あー、あの危ねえ奴か。でも遠いな」
「自転車で行けばすぐじゃね?」
「すぐってほどかあ?」
「すぐじゃねえか……」
会話の途中で、ガリガリと音がしました。
それは僕達のやりとりをニヤけて見ていた叔父さんが、氷を噛んだときの音でした。
「俺らのには入ってねえな、氷」
そう言って、芳樹君は残っていた麦茶を飲み干しました。僕も続けて飲みましたが、すっかり温くなっていたのを覚えています。
僕達は叔父さんにお礼を言って家を出て、自転車に乗りました。
先に漕いだ僕が先導をする形になり、いくつもの道を曲がりながら進みました。
初めのうちは後ろから、春先に亡くなったお祖母さんとの思い出や、嫌いなクラスメイトの話なんかを振ってきた芳樹君もそのうち何も言わなくなり、ときどき太陽を見上げては嫌そうな顔をするだけになりました。
目的地に着いたときにその理由を訊くと、汗拭き用のタオルを忘れたことを思い出したからだと言っていました。
「ケンちゃん、この建物だよ。これなら"秘密基地”合格じゃね」
「うん、遂に見つけたな。これあれに似てるな、ほらあの」
芳樹君は僕の声が耳に入らない程に嬉しかったのか、さっさと建物の前に行きました。
「ケンちゃん鍵挿さってるぞ。開くんじゃねえか」
「ヨッちゃん待て、中に誰かいるかも」
僕が言うと、芳樹君がドアノブに触ろうとしていた手を止めました。
「そっか、いたらやばいな。ケンちゃんどうする?」
「ちょっと待ってみねえか? あと喉渇いた。なんか飲みてえ」
「前に来たとき、あっちの方に販売機あったな」
僕は芳樹君の指差した方へ、自動販売機を探しに行きました。その間も芳樹君はドアを開けようか迷っているみたいでした。
結局、販売機は見つけられず戻って来てみると、建物の前に芳樹君はいませんでした。
きっと待ちきれずに入ってしまったのだろうと思い、僕も続こうとドアの前に行こうとしたとき、誰かが大声を上げました。
振り返ると、広い砂利場の真ん中から一人の少年が、こっちに走ってくるのがわかりました。それは前に僕達を追いかけてきた、売店の子だったのです。その子がやばい子なのはわかっていたので、僕は急いで自転車に乗ると、そのまま逃げてしまいました。少年は駆け足で追ってきたけど、途中で諦めたようでした。
帰り道に迷ってしまった僕が自分の家に着いたのは、夕方の六時前でした。芳樹君には明日学校で理由を話せばいいと思い、夕飯を食べてお風呂に入った後、そのまま布団に入って眠ってしまいました。
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