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ルービックキューブみたいだな、と思ったことは覚えている。
窓一つ無い高さ三四メートル程の正方形で経年によるものか、剥がれ落ちたモザイクタイルの間から四角くコンクリートが覗いている。その外観が僕に立体パズルの玩具を連想させたのだ。
「ねえ、これ開くんじゃないの?」
妻が鉄製のドアに挿さったままの鍵を見て言った。
「誰かいるんじゃない? 隣の工場の連中が休んでたりさ。てゆうか、本当にここ来るだけだったんだ」
義妹がリュックの中を探りながら言った。姉によく似た柔和な顔立ちだ。茶色に染めた髪を元に戻せば、双子と間違われるかもしれない。
「いや、工場は工場で休むとこあるんじゃないの? しかもこんな暑い最中に」
「そういえば、ここってミキヤンが怪我したとこじゃん。あそこら辺の砂利山から落ちてさ」
今度はズボンの後ろポケットに指を入れながら言う。
「あったわね、そんなこと。ケンちゃん、ミキヤンは知ってる?」
「ミキヤン……あの路地の売店の……」
「そう、去年バイク事故で死んじゃった。あの子、昔からヤンチャで危ないことばっかりしててね、あのときも打ちどころが悪かったら死んでたかも」
「なに言ってんの? あれ姉ちゃんが押ひたんやん。一個食べふ?」
右の頬が膨らんでいる。さっきから探していたのは飴玉だったのか。
「いらない、舐めたら喉が渇くから。ねえ、本当に芳樹君の件が気になっただけなの? 十五年も前のことなのに。それにあれは、ケンちゃんが気にする……」
「本当にそんなことしたの?」
「へ?」
「ミキヤンを突き落としたって……君もそんなことを」
「いや、そんな……そうだっけ? ふざけて……」
「キャハハ」と笑いながら義妹が横を通り過ぎていく。香水も似たようなのを使っているのか、妻のと同じ香りがした。
「でもここ、昔から砂利だの瓦礫だのブロック塀だの積んであるけど、いまだに何する場所なのかわかんないのよね」
妻が首を傾げて言った。
「いや、だから砂利場でしょ」
「じゃあ瓦礫とブロック塀は? それに、この建物は?」
ガチャン、と音がしたと同時に砂埃が舞った。妻が肩までの髪を押さえる。
風が段々と強くなってきているようだ。
「たくっ、こんだけ砂利あんだから砂のとこにも敷いとけっての。でもここって結局何するとこなの?」
缶コーラを飲みながら戻ってきた義妹が言った。道路の反対側に自販機が見える。さっきの音はそこからか。
「ほら、喉が渇いたでしょ。でもあんた昔から……」
「ん?」
「自販機探すの得意よね」
「いや、すぐそこにあるし……。あ、二人共これ使って」
そう言って義妹は再びリュックの中に手を入れると、紺色のサファリハットとピンクの折り畳み櫛を取り出した。
「帽子だけもらうわよ」
「いや、櫛は義兄さんにだよ。だってまた寝癖がさあ……あ、義兄さん嫌そうな顔してる」
「僕? 嫌そうな顔してたかな……」
「今もしてるって、鏡見てみる?」
そう言ってリュックに手を入れようとする義妹を、妻が軽く小突いた。
「あー!」
「なによ? いきなり……。そんなに痛かった?」
「いやそうじゃなくて、もしかして自販機探すの得意って理由で、私に鍵を探させようとしてたわけ?」
「……」
「なんで、黙っちゃったの? 義兄さんそうなの?」
「ああ、それも……あるかな」
「じゃあ私……もういらないじゃん。だって……」
そうだ。ずっと探していた鍵は、あの日と同じように鍵穴に挿さっているのだから。
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