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第6章 『2人の家族』
あれから8ヶ月くらいが経った。
歩夢の精神的な面も安定し、同性結婚(恋愛)に対しての思い込みも随分となくなっていた。
妊娠も8ヶ月にもなると、お腹が大きくなる。複重妊娠の歩夢は、全員で4人いる事が検査で分かった。
今の心配は、身体の細い歩夢のお腹が臨月までもつかどうかだった。場合によっては帝王切開で少し早目に出さなければ、子供たちが狭くて苦しくなるかもしれないと言われていた。
―――「どっこいしょ。ふぅ」
「神狼さん、大丈夫ですか?立ったり座ったりが大変そうですよね」
あのあと、歩夢の精神的な面が安定したので、駿叶の籍に入り、今は『神狼 歩夢(かみおい あゆむ)』になっていた。
「そうなんだよ。4人もいると、お腹も重いんです。それに中で動くから余計。仕事してる間は静かに寝てて欲しいんだけど、遊んでいるのか動きが激しくて。困るよね。まあ、ほぼ座り仕事だから良かったんだけど」
「そういうもんなんですね」
「うん」
隣の席の同僚と話をしていると、信輝が来た。
「歩夢~、これお願い」
「うん、はい。お預かりします」
「お前、休まなくていいのか?」
「うん。家で1人でいてもつまんないし。それに生まれたら、それこそ仕事できなくなるから。4人もいちゃあ、産休程度じゃ足りないよ。保育園だって学校だって全部4人分だもん。1人が熱出たら翌日にもう1人、その翌日は残りの子とかになりそうでしょ?だから、今のうちに働かなきゃ」
「まあ、そうだな。で、そちらは経費で落として頂けますか?」
歩夢に渡した領収書を指さす。歩夢がじっくりと見て、ニコッと笑った。
「大丈夫そう。このまま書類に付けちゃうね」
「おう。じゃあ頼むな。昼に食堂で」
「はいよ~」
信輝から預かった請求書を棚へ入れに行く。
【はぁ、苦しい。棚へ行くのも一苦労だ】
息を切らしながら席へ戻り、PCに向かった。
そのあとは、席から立つ事もなく、お昼までPCでの仕事をしていた。
―――【さてと、お昼だ】
「あ~、僕はお腹空きましたねえ。君たちもお腹空いたかな?食堂に行こうね。パパと信おじさんが待ってるよ~」
自分のお腹にいる子供たちに話し掛けながら食堂へ向かった。
「はぁ~、苦しい」
途中まで歩いて行ったものの、お腹が重くて息切れが激しく、エレベーター近くの階段に座った。
【廊下の所々にイス欲しい~】
少し休憩してからエレベーターへ乗って、食堂のある1階まで降りた。そこから食堂へ行く。
【やっと着いた。何かもうヤダなあ。移動するの。明日からはお弁当にしようかな】
今日まで頑張ってここまで来ていたが、さすがに辛い。同じ辛いなら、朝少し早く起きて、お弁当を作る方が楽な気がしてきた。
「歩夢、苦しいのか?」
出入口の所で息を整えていると、駿叶が来た。
「駿叶さん。ちょっと息を整えてるとこ。もう、明日からはお弁当にしようかと思って。ここまで来るのは辛いんだあ」
「そうだよな。お弁当にして経理の所で一緒に食うか」
「それでもいいし、駿叶さんだけ、ここで食べてもいいよ?」
「歩夢が作ってくれるなら、お弁当の方がいいに決まってる」
「そう?じゃあ、そうしようか」
最近は、駿叶と話すのも、すっかり敬語が取れ、楽しく過ごしていた。
「歩夢、大丈夫か?」
「ああ、信。結構キツい。だから、明日からはお弁当にしようと思って。信はどうする?駿叶さんも一緒に経理で食べるって言うんだけど。信も一緒に食べてくれるなら作ってくるからさ」
「う~ん、どうすっかなあ」
「歩夢、はい」
信輝と話している間に、駿叶が歩夢の分の食事も持って来た。
「ありがとう。今ね、信の分のお弁当も作るから、一緒に食べようって話をしてたの」
「そうか。大狼くんどう?一緒に」
「じゃあ、そうさせてもらおうかなあ。でも、お前、朝大丈夫なのか?」
「正直、毎日ここを往復するなら、朝少し早く起きて、お弁当作った方が楽なような気がしてるんだ」
「そうか。だよなあ、その腹じゃなあ。俺から、母さんたちにも伝えとくよ」
「うん。お願いします。もう、あっちまで行くのもヤダ」
そして、お腹が大きくなって内臓のスペースが狭くなっているのか、ここにきて、歩夢の食事量が少なくなってきた。
「もういいのか?半分も食べてないじゃないか」
駿叶が心配して言う。
「お腹は空いてたんだけど、食べるとすぐにお腹いっぱいになっちゃって。多分、この子たちで色んなものが圧迫されちゃってるんだと思うの。――あっ、こんな時間。行かなきゃ。2人ともごめんね。僕、ゆっくりだから早目に行かないと昼休み終わっちゃうから。先に行くね。よいしょ」
歩夢が立ち上がるのを見て、駿叶が支える。
「お前、本当に大丈夫か?」
「うん。――あれ?何か変だ」
歩き出そうとしたら足元に違和感を覚えた。見ると、水のようなものが流れてきた。
「アッ!駿叶さん、急いで病院に行かなきゃ。破水しちゃった…みたい」
そう言うと、床に座り込み、お腹を押さえていた。
「痛い、お腹痛い。…フゥ、フゥ…」
「歩夢、しっかりしろ。今、すぐに救急車呼ぶからな」
駿叶は、スマホから救急車を呼ぶ。信輝は急いで、厨房にいる母親たちを呼んだ。周りにいた人たちも声を掛け、どうにかしようとしてくれていた。
―――「駿叶くん、すぐに私たちも行くから歩夢の事、よろしくお願いしますね」
「はい」
救急車には駿叶も一緒に乗り、他は、あとから行く事になった。
病院へ着いて、歩夢は処置室で診察をしてもらっている。駿叶は廊下で待たされていた。まだ8ヶ月。せめて、あと1ヶ月はお腹にいた方が良かった。とにかく無事に生まれてきてくれと願うしかなかった。
処置室のドアが開く。看護師が出てきた。
「神狼さん、このまま分娩室へ行きますね。ご主人も一緒にどうぞ」
出て来た看護師にそう言われると、駿叶は分娩室へ入る事を急いで歩夢の母親にメールした。そのあと、歩夢の傍へ行く。
「歩夢、俺、ここにいるからな。頑張れ」
「うん。駿叶さん、あのさあ」
「ん?」
「ううん。やっぱり何でもない。あとで言うね」
歩夢は何かを言い掛けて止めた。駿叶は気になったが、今はそれどころではない。
すぐに生まれるのかと思っていたが、3時間くらいしてようやく2人生まれてきた。
「この2人が、最初の妊娠した時の子供たちです。あと2人いますけど、今は生まれてくる感じはしないんですよ。でも、そちらも破水していて、赤ちゃんがいる所のお水が少なくなっちゃったりしてますから、このまま促進剤を打って陣痛を促しちゃいますよ?それでダメなようなら、帝王切開で出しちゃいますね」
ここまでは順調だったが、歩夢は複重妊娠をしていた。日も、間2日くらいしか空いてないので、同時出産できるかと思われていたが、歩夢の真面目さを受け継いだのか、子供たちは律儀に、その間の日数分を待って生まれてこようとしていたようだった。
「う~ん、まだ終われない。長いよ~。もう眠りたい…」
歩夢も疲れてしまったようで、産みの苦しみよりも眠気の方が先にあるらしかった。
「そうだな。でも、これが終われば身体が軽くなって動きやすくなるぞ?(笑)」
「うつ伏せになって、ゆっくり寝たい~」
お腹が大きくて、しばらく自由な寝方ができなかった。寝ても寝た気がしないので、万年寝不足のようになっていた。
そのあとは促進剤が効いたのか、すぐに次の陣痛がきて無事に4人の子が生まれた。
一番上は男の子でオオカミ、2番目は女の子で猫、3番目は男の子で猫、4番目は男の子でオオカミだった。
2ヶ月程、早く生まれてしまったので小さい。しばらくは保育器の中での生活になる。
―――「男の子が多くて賑やかになるわねえ。でも、女の子もいるから良かったじゃない。うちは歩夢1人だったから。女の子はやっぱり可愛いわねえ」
歩夢の母親が、嬉しそうに駿叶に言っていた。
「はい。歩夢似の女の子で良かったです」
歩夢のいる病室へ行くと、歩夢は眠っていた。
「お疲れさま。3番目は女の子だぞ。歩夢に似て、可愛い猫耳の子だ。今なら本当に、君のお義父さんの気持ちが分かるよ。4人共、絶対に嫁になんか出したくないな。何処の男かも分からない奴になんか絶対に渡したくない」
歩夢の横で、駿叶は今の気持ちを言っていた。
「フフフ。それは困るねえ。まだ生まれて数時間なのに(笑)」
駿叶の声で起きていたらしく、目を瞑りながら歩夢が言った。
「聞いてたの?」
「うん。駿叶さん、今から心配しすぎ(笑)」
「だって仕方ないだろ?」
2人でクスクスと笑いながら話をしていた。
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