月を食う鬼

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 今宵も月が昇っている。なんとも美しい月だ。綺麗な満月。  青鬼は杯を傾ける。煽った酒は美味い。そうして脇の腰巾着に空の杯を差し出せば、仰々しく酒をつがれる。  「いや一時はどうなることかと思いましたが、貴方様のおかげで万事うまくいっております」  腰巾着の、解りやすい媚びだ。鬼の上下関係は厳しい。だからこそ、一度上に収まった者があれば、徹底的に上に在る者を傅き、持ち上げ、そして追従するのが大半の鬼だ。かつて、青鬼が敗北した鬼大将の時も、周りの鬼たちはそうした。  そして今は、青鬼が鬼大将である。で、あるが故に周りの鬼たちはあっさりと、その追従を青鬼に切り替えた。――そんなものだ、鬼とは。  大将を失った鬼たちは纏まりを失った。すわ、次の鬼大将は誰かと互いが互いを睨む中、あっさりと青鬼はその地位を手に入れてしまった。  そも、青鬼はかつて、唯一かの鬼大将と対峙していた鬼である。鬼大将がいなくなれば、その後釜は青鬼以外にいない。  青鬼に納得いかないかつての鬼大将の腰巾着だとか、対抗勢力だとかは、さっさとご退場願った。  かの鬼大将さえいなければ、鬼たちの中で一番強いのは青鬼だ。  あれほど欲しかった地位が容易く降ってきたことには、肩すかしを食らった気分になる。  だが、現実にこうなった以上、青鬼はすべきことをするだけだ。ばらばらになった鬼たちを纏め上げ、再度徒党を組んで、今度は人間たちに報復する。  あの日山狩りを行った陰陽師と侍たちは一人残らず死に至らしめ、山狩りを決めた町長たちは見せしめにする。毎年の年貢と女を約束させ、さらにあれをよこせ、これをよこせと鬼らしく奪いにも行く。  「いやはや流石の鬼大将。貴方様には何者も逆らえますまい。いや恐ろし」  脇の腰巾着は良く喋る。不快ではないが、ちょっと聞き飽きた。  「そうでもない」  腰巾着は「ご冗談を」と本気で取り合わない。  それが気にくわなくて睨み付ければ、腰巾着はひえっと竦みあがった。  今宵は満月だ。明日からは月が欠ける。これから毎日欠けていく。あれと会えたのはいつだって夜だった。月が見下ろす晩だった。  こんな日は、月明かりの向こうに赤鬼がいるような気がする。  今の青鬼は、多くの鬼を従える恐るべき鬼大将になった。  青鬼は、彼が望むままに月になったのだ。  ――ああ、今もなお、赤鬼は月を食らっているのだろうか。  「本当だとも。 この世にはなぁ、俺すらも食らう、そりゃあすげぇ鬼がいるんだぜ?」  青鬼の言葉に、腰巾着の鬼が目を白黒させている。それを尻目に、酒を煽った。  明日、月が欠けるのを見るのが待ち遠しい。    「今宵の月は・・・本当に美味そうだ。美味そうだぞ、なぁ、赤鬼よぉ」
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