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 そんな軽い気持ちで見に行ったのに、僕は暗闇の中で腰を抜かした。真っ暗な劇場内で彼の登場シーンは異彩を放っていた。まだこんな俳優がいたのか。    悪役である彼の黒く溶けるような瞳は爛々と輝き、超能力で動けなくなり床にうつぶせで倒れ込む主演俳優の背中や肩を、狂ったように右足で踏みつける。何度も何度も何度も。踏みつけている間、笑っているように見えるが決して声は出さない。踏み終わってようやく嬉々とした笑い声をあげ杖をついて歩き出す。左足が不自由な彼は杖をつかねば歩けない。その逆の足で主役を蹴り飛ばし狂喜していたのだ。  彼が一体誰なのか、何という俳優なのかエンドロールで確認したが韓国語で書かれており全くわからない。すぐにスマホを取り出し検索して探すと、彼の名前はイム・ジフン。このとき二十九歳。ちょうどこの映画公開中のときは入隊していて、舞台挨拶などに現れることはなかったという。
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