シェリダン三面記事

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 一息吐いて、椅子に寄り掛かる。現実界(リアル)のテディベアを抱えながら、ヒナは切断したアテストを指先一つで視界外へ追いやった。トレンチに仮想体(アバター)を投影し、そびえる絶壁を前に、フワフワと、浮き沈みさせつつ、今夜はダイブを止めてもう寝ようか、思案する。しかし眠くない。抽選に当たっていたら、今夜は愛理のオールナイトライブに参加する予定だったからか、未だ全然眠気がこない。  暇潰しに、ヒナは行き着けのサイトを覗こうと思い付いた。ショートカットから「ジョゼフ・シェリダンの怪奇新聞」を選び、アクセスする。  と、トレンチの絶壁を間借りしたサイトにありがちな、異様に凝った玄関口がヒナの目に映る。暗い森の中、ガーゴイル石像を両脇に据えた、二階建てゴシック建築。掲げた看板には、仰々しく"Sheridan Newspaper Company"と刻まれている。いつ見ても、ちっとも新聞社らしくない。ヒナは玄関戸を開けて中に入った。  擬似建物の中も、外観と同じく、古い、カビ臭い石造りで、パリ区なんかに僅かに残っている歴史的市役所の待合室を思わせる。誰もいない待合室の片隅には、所々破けた赤い革張りのソファがある。ヒナはそこに座って、傍にある丸テーブルから新聞紙を取った。  リアルでは紙の新聞など見た事もないが、ダイブ中に敢えて旧式(オールド・タイプ)な振る舞いを演じる事が、ヒナは好きだった。その振る舞いをよりらしく見せる舞台として、古めかしくデザインされたここは最適だったし、それに、赤リボンの黒セーラー服に沢山のシルバーアクセを付けた自分のアバターも、この場所には似合っていた。  ヒナが新聞を手に取ると、細い指に嵌めた大きな指輪同士がカチカチとぶつかり、腕に巻いた腕輪がジャラジャラと鳴った。リアルだったらわずらわしいだろうが、バーチャルならシルバーの重みも感じない。  ランプの灯りにアクセサリーを(きら)めかせつつ、新聞紙面に載ったバーコードを視界に入れる。と、今日更新された記事が脳の神経回路に伝達された。  記事の内容はいつも通り、眉唾物の都市伝説ばかりが並んでいる。普通なら一顧だにしないような、小学生の学校新聞によくある七不思議ほどの記事だが、ヒナはそういうトコロを気に入っていた。危険なトレンチ内にわざわざサイトを作っておきながら、子供騙しの情報を取り扱う、そんなナンセンスにワクワクした。  それに、十六歳のヒナには、少しだけ、期待するものがあった。夢見勝ちな性格が主な原因ではあろうけれど、技術が進んだ現代においては、科学自身が、「魔物、妖怪の類いも、存在しない事はない」と証明しているのだ。  勿論、魔物が(ちまた)を闊歩している姿なんてヒナは一度も見た事がないし、聞いた事もない。が、それでも、いるはいるのだ。世間では信じていない向きもあるけれど、ヒナは絶対にいると確信していた。魔物や妖怪は、政府の隔離施設に収用されていて、不自由な暮らしを強いられ、時々は非人道的な実験の被検体(サンプル)になっているに違いない。  (たくま)しい空想を働かせながら、ヒナは脳内に転写された「ジョゼフ・シェリダンの怪奇新聞」の見出しを黙読していった。 「恐怖!視線を外すと絞殺する彫像」 「今明かされるサメジマ事件の真相とは」 「怪奇、透明少女」 「精神を破滅させるプログラム蔓延」  伝達回路を通るこれら記事の中身を、ヒナは順番に読んでいった。一つ目は、不気味な写真を基に都市伝説を創作し、それらをファイリングしたサイトを無断で引用したもの。「財団」と呼ばれる古代から人気のサイトで、ヒナも度々訪ねているから、目新しさもない。記事が海馬に届く前に消去(デリート)する。二つ目は、トレンチに端を発したとある殺人事件の詳細だったが、記事のあちこちに矛盾が見られ、そもそも、先週紹介された「サメジマ事件」は宝石強盗だった事を思い出す。つまり冗談記事か。ヒナは消去すると共に、「サメジマ」という(ワード)無視(ミュート)に設定した。  三つ目は、少なからず、ヒナの興味を惹いた。記事は、ここ数日、共有(S)社会(S)サイト(S)「シノニック」を騒がせているある噂について解説していた。  近頃、シノニックに不審な投稿が相次いでいるという。投稿者はまちまちだが、全員がシンジュク区で撮影した写真或いは動画を、シノニック内の自室(マイルーム)に貼り付けている点は共通している。問題はその写真或いは動画だ。本来写っている筈の人物が、写っていない、というのだ。
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