春に閉じこめられたのです

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春に閉じこめられたのです

 寒い、と感じて目が覚めた。見上げた天井は見慣れた自分の部屋のもので、ああ、今日も朝がきたのかと、目を開いたことを早々に後悔する。枕元の時計を覗くと、まだ起きるべき時間までは少しあった。睡眠不足ではないけれど、眠りの長さをうまく調節できない状態が、長いあいだ続いている。  窓の外から雨の気配がして、またうんざりした。静かに降るしずくに混じって、ときどきどこからか、ぴちょんぴちょんと大きな粒の音が聞こえる。いっそ大降りになってくれれば家を出なくてもいい理由ができるのに、これくらいの降水量じゃそんな言いわけも通用しない。  母さんは出かけたんだろう。家の中が静かになって、雨の音で満たされて冷たくなっていく。部屋を出てリビングでテレビをつけた。部屋の電気はつけない。カーテンの閉まった空間で、テレビだけが強烈な光を放つ。気象予報士が、花冷えという言葉を使って全国の様子を伝えていた。春なのにまだ寒いなんて、地球はどうかしてしまっている。テレビに映る桜の映像を見て、突然ぐっと喉の奥が詰まったようになった。春という季節は、どうしてこうもひとを駆り立てるのだろう。じっとしていてはいけないと、桜や、そのそばを通る真新しい制服を着た学生なんかが、首根っこを掴んで揺さぶってくるみたいだ。俺はこんなにも春とは縁遠い、真っ暗で陰鬱な場所にいるのに、世界だけがどんどん明るくなっていく。なにも食べていないのに、吐いてしまいそうだ。目の端にじんわりと涙が浮かぶ。そのしずくが落ちてしまいそうになったとき、玄関のドアが開く音が聞こえた。
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